1/27/2012

イタリアのファッションコレクション雑誌

イタリアのファッションコレクション雑誌、DONNA COLLEZIONIに、昨年11月に私への取材記事が載りました。写真は、ルイヴィトンの洋服が表紙を飾っております。400ページ以上ある雑誌で図鑑のようにやや大きめです。この本は、コーヒーテーブルブックと言う種類に属し、高級指向になっているそうです。自分が掲載された箇所などは、イタリアの雑誌社からいただいておりましたが、雑誌そのものも入手いたしました。
目の前の仕事に追われていて、なかなか、昨年の仕事が形になっているものを、ブログなどに書くこともこのように遅くなってしまいました。
こちらが、この雑誌に掲載された私の記事です。

先日は、VOGUE HOMMES INTERNATIONAL(ヴォーグ・パリから出されている男性の服の雑誌)からの仕事の依頼がありました。ニューヨークには、男性もとてもお洒落な人が多いのですが、その上、個性がとても出ているなって思う事があります。男性の服は、ある意味、形状が皆同じ。着物と少し似ているようにも思いました。その同じ形状の中で、流行を作り、更にその人らしい個性の美しさを引き出していくかが、男性のお洒落の難しさでもあり、面白さでもあると思いました。

1/15/2012

素敵な年明け

明けましておめでとうございます。
ブログを書くのも1月半ばを過ぎてしまい、遅くのご挨拶になってしまいました。

昨年はいろんな仕事が舞い込んで来た年でした。
大学での講義や、ファッションショー、雑誌の撮影、その他・・・。
昨年した仕事が、種を蒔いたように未だに咲き続けています。

年明け、とても素敵なことを知りました。
ニューヨークでジャズハモンドオルガン奏者として活躍する敦賀明子さんのCDが全米で2月14日発売になります。
http://akikotsuruga.com/

私は、このCDジャケットの敦賀さんが着ている着物のコーディネートと着付けをスタイリストとして担当しました。
はじめ、ジャズ歌手の大江千里さんから直接お電話をいただきご相談がありました。
そして、大江千里さんと敦賀明子さんがご一緒に私のスタジオにお越しになってくれて、CDジャケットの着物スタイリストとしての仕事をご依頼してくださいました。
大江さんは敦賀さんの演奏が日本への「希望」となりたい思いもあって、今回着物を使用してジャケット撮影をすることになった気持ちを聞かせてくれました。

撮影をしたのは昨年の6月でした。撮影現場にも大江さんがお越しになっていて、なんと写真のようにお弁当を作ってきてくれていました。撮影現場の皆に温かいお茶まで用意してくれました。これだけの情熱がある姿は、忘れられないです。
セントラルパークを中心に、車でいろいろ周り、撮影をして行きました。
撮影をしたフォトグラファーはベッキーと言う女性で、ベッキーさんはNYで活躍するフォトグラファーです。彼女とは昨年11月に偶然同じバスに乗っていて、「個展をするから見に来てね」と言われました。彼女の作品は奇抜で面白いです。
http://www.beckyyee.com/

昨年の9月に出来上がったCDジャケットを敦賀さんが私のところに送ってくださいました。
そして、年が明けてアメリカのアマゾンでの発売予定が告知されているのを見て、全米に売り出される日が迫っているのを知り、胸が熱くなり、とても嬉しい気持ちになりました。
敦賀さんの演奏は、あの時の撮影現場のスタッフ皆様の熱い思いが引き出されるような、それだけの迫力のある素晴らしい演奏でした。

仕事が形になっていく度に、一つ一つを大切に、それが何時花開くかは分かりませんが、必ず美しい花を咲かせることと思います。
敦賀明子さんの全米でのCD発売を心からお祝い申し上げます。

写真は、CDジャケット撮影中、大江千里さんが敦賀さんの汗を拭いているところです。驚くほど、優しく熱い人でした。

12/14/2011

NYでのテスト撮影

昨日、久しぶりのテスト撮影でした。
今回撮影をご一緒したフォトグラファーは、ウェズリーさんといってとても才能あふれる若手アーティストです。メイクは、いつも大変お世話になっているアイさんです。
写真は、撮影現場で、フォトグラファーのウェズリーさんが撮影前日に調達したと言う枝を持っているところです。いろんな小道具が出て来て、皆様いろいろアイデアを出してくれて、こんなに夢中になれる現場は久しぶりでした。
12月と言うアメリカのホリデーシーズンにかかわらず、テスト撮影をすることになったのは、私のところに、イタリアのオートクチュールファッション雑誌から、私の作品を送ってほしいとの話があったことがはじまりでした。その雑誌には、前にも私のことが載ったのですが、その時は取材を受けた時の記事でしかなかったです。今回は、私の作品自体に興味を持ってくれたので、とても嬉しい話でした。
以前から、フォトグラファーのウェズリーさんとアイさんと私の3人で作品撮り(テスト撮影)を「ご一緒にしようね」と話していたのですが、なかなか3人の日程が合わなく、今回、私が雑誌社に作品を送りたいことなどを話し、私の日程の都合に合わせてくれました。本当に心から感謝しています。良い人たちに恵まれていると思いました。
モデルさんがイメージしていた通りのとても理想的な美しい人でした。モデルのミラーナさんはロシア人で、世界的に有名なモデル事務所に所属しているため、ロシアからニューヨークなどいろんな国へと仕事で行くのだそうです。はじめ不機嫌な雰囲気だったので心配していたら、撮影の最後の方で寝不足でとても体調が辛かったことを話してくれました。午前11時から夕方6時までの長い撮影に付き合ってくれて、最後はとても素敵な笑顔でした。これからもミラーナさんが世界で活躍してくれることを願いました。
今、ニューヨークは夕方4時を過ぎると、空が暗くなってきます。5時には夜の暗さです。だからと言って、写真のように日没の暗い中で撮影しているのではなく、明るい光の中には、大きな影が出来るので、その効果を使っての撮影をしています。
本当にいろんなアイデアを皆様で出し合い、NYでのテスト撮影は、毎回いろんな感性やアイデアがあふれ、とても楽しい現場です。久しぶりに、「夢中」になれて、とても素晴らしい時間を持つことができました。作品の出来上がりが楽しみです。
*この写真にうつっている帯は、HINAYA KYOTOです。

11/27/2011

郡上紬と大島紬

こちらアメリカは、サンクスギビングと言う祝日が先日24日にありました。その日は、日本で言うと、お盆のようなお正月のような日で、仕事も街のお店もお休みで、家族が集まりお食事をご一緒にします。この日をもって、ホリデーシーズンと言う冬休みが始まります。
10月後半や11月初旬が日本で言う師走の忙しさと言う感じで、世界的にメジャーなVOGUE やi-D Magazineなどからの仕事が、時期を集中して相次ぎました。
サンクスギビングの前日に夫からのプレゼントが届きました。その箱の中には、郡上紬と大島紬が入っていました。少し早いですが、今年一年仕事を頑張った私へのプレゼントなのだそうです。

郡上紬は白洲正子も大変評価していたもので、手織りと草木染めという気の遠くなる作業が繰り返されています。
郡上紬は、昔、岐阜県の郡上八幡の農家で織られていた自家用紬でしたが、昭和に入りいったん衰退いたしました。それを再生させたのは、紬では初個人指定の人間国宝に認定された宗廣力三です。宗廣は、開拓農民の育成をはじめ、戦後には天然染料や紬の研究を行い、研究生を養成しながら、郡上の郷土産業として紬の市場開拓に尽力した人であります。今でも郡上紬がこうして私の手にとることが出来るのも、宗廣と一人一人の職人さんたちの積み上げた結晶なのだと思いました。
郡上紬を手にした時にその温かみに驚きました。ニューヨークの冬は氷点下の気温が続きますので、これからの季節、この郡上紬を着たいと思いました。
しかし、今では、郡上紬の作り手が減っていて、一ヶ月十反前後しか作れないそうです。3年ほどでなくなるとの危惧さえ書いてある記事もあり、再び衰退の危機に瀕していることを知りました。これだけの良い着物が存続するにはどうしたらいいのだろうといつも考えさせられます。

もう一枚の大島紬ですが、こちら素晴らしくて驚きました。
本割り込み式、天然藍泥染めです。
本割り込み式は、一時完全に途絶えていました。織れる職人は、かなりの熟練した職人しか出来ない技法で、今現在ほとんどいません。昔とは少々違うやり方ですが復活は試みられています。
本割り込み式を織るには、9マルキ一元式より絣が多く出来(白黒の濃淡がハッキリする)、模様をクッキリさせることが可能です。大島紬は濃淡と密度で柄を出すため、割り込み式は柄を立体的にまでさせていました。これだけの大島紬は珍しいと思い驚きました。
なのに、申し訳ないほどに安かったのだそうです。既製品でとてもサイズが小さかったのですが、見れば分かる素晴らしさです。作り手も減っていますが、良い着物が見えている人も減っているのかもしれないと思いました。
大島の既成品(昔の物)だからとは言え、全てが本割り込み式と言うわけではありません。一時大島紬が流行った昭和50年代頃には一部、韓国に工場を置き生産していたこともあり、こちらは天然泥染めではなく、色大島(化学染料)と白大島が作られました。
パタ−ン柄や無地の大島では、機械織りも可能となりました。
しかし、やはり手織りの素晴らしさを、本割り込み式によって再認識いたしました。人の手が生み出す物とは、きっと五感を振絞る産物、そして風土の経験・記憶・感覚、その可能性は機械織りでは表現出来ない世界がまだまだあるのだと思いました。

郡上紬と大島紬が素晴らしいほど職人さんたちの減っている現状に、どこかポッカリと心に穴があく気分もしました。

11/13/2011

友禅の源流は奈良時代にありました

ニューヨークにも秋の紅葉の季節があります。私が住んでいる周りはニューヨークにしては自然が多く窓から見える木々の紅葉の美しさには目を奪われます。見ていると、いろんな着物の柄や色が浮かんできます。着物を着るのにも一番良い季節のように思います。

先日、友禅に関する本を読んでいたところ、面白い歴史がありました。

友禅染めの技法は、奈良時代(710年〜794年)の「臈纈」にまでさかのぼることができます。臈纈は現在のロウ染めで、ロウ防染し、友禅染めというのはこのロウの代わりにモチ米の糊を使ったものです。
奈良時代は模様染めの第一次黄金期。臈纈のほか、現在の絞り染めの「纐纈」、板締め染めと言うべき「 夾纈」の三種が生まれていました。これは天平の三纈と呼ばれていますが、さらに染料や顔料を使っての「描き絵」や「摺り絵」など、模様染めの原型がほとんど出そろっていたのです。

しかし、なんと、臈纈による多色の模様染めは友禅の源流ですが、平安時代に途絶えてしまったのです。その理由は、十二単に見られるように、襲装束が主流になってきて、襲色目が流行しファッションが変化したからです。
この「襲色目」の組合せの種類は二百もあったといわれます。用いられた布は地紋のある綾で、これを後染めで単色に染めたものです。使用する布の量が急速にふえ、技巧を必要とする模様染めにまで手が回らなくなったのかもしれません。
いずれにしろ、友禅の源流であるものが途絶えたのは、平安時代に美意識が変化したためなのですね。

写真は、正倉院展目録より
「羊木臈纈屏風」「像木臈纈屏風」
現在、奈良では正倉院展が行われていますが、11月14日で終わってしまいます。正倉院宝物は通常時、非公開です。正倉院内の宝物の「虫干し」のために拝観が年に二回ほど出来ます。こちらの写真は、天平時代(奈良時代)の臈纈です。


縄文時代には、美しい季節の花や草を布に摺つけていたそうです。自然界の美しさをそのまま布に閉じ込めてしまいたかったのでしょうか。秋の紅葉の美しさを見ると、そうした気持ちもとても分かります。

10/30/2011

日本を代表する二人の現代アーティストがNYに

11月に、村上隆さんのカイカイキキと手を組み、ニューヨークのクリスティーズと言うオークション会社が東日本大震災の被災者に向けたチャリティーを実施します。
10月27日に、村上隆さんが所属するギャラリー、ガゴシアンギャラリーでプレビューがありました。会場には、村上隆さんご本人と、そして、奈良美智さんが来ていました。奈良美智さんも今回のチャリティーオークションに3点出品しています。
写真は、二人が記者会見に応じているところです。
村上隆さんは、多くの現地アメリカ人記者に、今回の東日本大震災の被災者に向けたチャリティーをした経緯について沢山のメッセージと、出品作品についての思いを語っていました。今回のイベント出品する参加アーティストは15人にのぼりました。
出品作品の多くが、震災後に描かれた絵であることを知り、それぞれのアーティストの想いがありました。
日本人のMr.と言う人の作品は元気いっぱいの女の子の絵の中に平仮名で「よしっ(ち)!!」と言うかけ声の文字が描いてありました。その絵を描いたMr.さんにはアメリカ人記者からの質問が多かったです。Mr.さんは震災へのショックは大きくその中でも元気を人に与えないとと思ったそうです。
今回のチャリティーで収益に達すると見込まれている総額は約500万ドル(約4億円)です。これだけの一大プロジェクトを立ち上げた村上隆さん。ご本人には今回はじめてお会いしましたが、もの凄い迫力とオーラのある人で驚きました。名刺をお渡しし、少しだけお話しをしましたが、今までになく緊張してしまいました。
ニューヨークに引っ越す前に日本では東京芸大近くに住んでいたため、彼の作品を見る機会が多く、その時から彼の作品からとっても「力」が湧き出る感覚を得たので、とても大好きでした。
今回のプレビューには弊社スタッフの杉浦さんとご一緒にうかがいましたが、彼女は村上隆さんの作品の実物を間近で見るのははじめてで「実物は、こんなに凄いんですね。」と言って、目を見開いて感動したことを私に話してくれました。私も今回の作品から受けた印象は、人が「生きる」ことに大切な「元気」と言う「力」が湧き出てくる印象を受け、感動しました。
アートは表現の世界、「伝えること」の大切さを村上隆さんの言葉や本からも多く知る機会があります。
私は、着物をファッションとして世界に提案していきたいと言う願いが常にあります。それにはやはり発信しつづけること「伝えること」の大切さを痛感しています。先日、私は自分が持ったNYでのファッションショーについての記事が、世界三大通信社であるAFP通信から配信され、イタリアの新聞社やファッション雑誌からいくつか取材を受けました。

今回のイベントを通し、村上隆さんが手を取り合った15人のアーティストの想いが伝わること、そして、その想いが震災の被災者に届くことを心から祈っております。



10/22/2011

生地の可能性

ニューヨークにあるジャパンソサエティーと言うところで、日本の生地によるアート作品の展覧会が行われております。
http://www.japansociety.org/event/fiber-futures-japans-textile-pioneers
知人がレセプションに招待してくださいまして、見に行く機会に恵まれました。

弊社に帯をご提供してくれている、HINAYA KYOTOで作られる生地もこちらのアート作品に多く使われているとのことです。

何十人ものアーティストさんの作品がならんでいました。
その中でも一番素敵だなって思った作品はこちらです。幼い頃に見た風景、蚊帳を思い出しました。




沢山の作品がひたすら並んでいて、一点一点は素晴らしいのですが、直ぐ横に違うアーティストさんの作品がならんでおり、一人のアーティストさんの表現の世界(ストーリー)が見えてこない配置でした。
MoMA(ニューヨーク近代美術館)と比べるのも失礼ですが、MoMAに行くとその作品の世界観がダイレクトに伝わるだけではなく、その芸術家の作品背景や人となりの人生も見えてくることもあります。作品を配置するのは、見せる側にとっても、センスのいることなのだなって思いました。
沢山の作品がありましたが印象にのこったのは、上の写真の作品と、以下の写真の作品でした。これだけのアート作品が作られるので、生地の可能性は限りなく大きいと思いました。