9/03/2010

カリブ海で浴衣

メキシコのユカタン半島に位置する一帯 Riviera Maya にあるリゾートホテルに宿泊していました。
カリブ海のコバルトブルーってこういう色なのだなって思うほど美しい海でした。自然界の色の変化はグラデーションの美しさをより深くしているようでした。

着る場面がないかもしれないけど、今年仕立てた浴衣を持ってきていました。

一週間ほど同じホテルに滞在していました。ホテルのレストランのドレスコードは "カジュアルフォーマル" と記されていて、こうしたドレスコードは逆に難しさを感じてしまいます。
カジュアルでもフォーマルでもいけない、そして普段仕事するときや日常着の服はリゾートでは最も合わない。
リゾートホテルに長期滞在することに馴れているヨーロッパやアメリカ人の方たちの着こなしの上手さは、「さすがだな」って、いつも思います。
洋服も尽きてきたので、思い切って浴衣を着てみました。正確にはドレスコードのカジュアルフォーマルには相当しませんが、リゾートホテルということで勝手に自分を大目に見ました。

カリブ海のリゾートホテルでは浴衣が似合いそうにないところですが、着てみると夕涼みには良い感じに思いました。(浴衣を着て写真を撮ると一気に日本の旅館にいる感じですが・・・)
浴衣は着心地が楽で、涼しくて、レストランのエアコンがききすぎているところでも適度に過ごせて、実は世界共通、夏の気候に万能ではないのかと大袈裟にも思ってしまいました。

ホテルの従業員の人が浴衣姿の私に声をかけてきました。
私の滞在しているリベラヤマヤのとなりのエリアであるカンクンという街は、とても人気のあるリゾートホテルがいっぱい建っています。
ホテルの従業員の方は、そちらのカンクンのリゾートホテルで和装で結婚式を挙げているのを見たことがあると話してくれました。
カリブ海で着物で結婚式というのも素適な場面であったのだろうなって思いました。

浴衣を着ただけで、宿泊客の方たちに声をかけられました。
「so beautiful」、「Kimono!」などなど・・・
「Kimono!」と声をかけてくれた方に、「これは浴衣です」と私が説明すると、「I know(知っている)」と言ってくれた淑女もいました。

今回宿泊したホテルには、Sushi Bar(鮨カウンター)がありました。海外に出ると、Sushi(鮨)が世界に知られていることに驚きます。

日本の文化は凄いなって思いました。

カリブ海の海風が吹いてくるバーで浴衣で夕涼みもいいですね。


8/01/2010

長板藍染めの浴衣

日本からの便りで、昨日、隅田川の花火大会があったことを知りました。
私は東京出身ということもあり、馴染みのある花火大会です。親の友人の家から見えたので、大人たちは2階の部屋で宴会、子どもたちは1階の屋根に座って見ていました。今から思うと随分危険な見方をしていたのだと思います。
花火大会と言えば、浴衣ですね。
浴衣と言えば長板。昔々は、長板と言えば浴衣のことを指しました。

今年、長板の古い反物を仕立てました。
写真がその浴衣です。両面を同じ模様に染められていることから、昔からの伝統技法でつくられた長板であることが分ります。
伝統的な江戸前の長板中形は、柄が細かく、小紋のような美しさを持っていて、「藍染めの江戸小紋」と形容されました。
現代的な大柄の中形と区別して「小紋中形」とも表現されています。
この写真の浴衣にしても、柄が細かいですね。

私が読んだ本に書かれている長板藍染めには4つの工程がありました。
「型付け」長板の上に貼った白生地に型紙をのせ、防染糊をつけていく。同じ柄を表裏ぴちっと合わせて型付けします。
「下染め」豆汁を刷毛塗りして、藍がうまく染まるように生地を整えます。
「藍染め」藍瓶に浸して染めた生地で風を切ります(風切り)。
「水元」布地をいたわり水洗いします。外の干し場に生地を伸ばして、最後の風切りです。

第三の工程の「藍染め」では、藍で染めた生地が風を切れないと染めムラが残るのだそうです。熟練の技で風は切られていくのです。
本には、藍染め一筋に生きた野口謹一郎さんの素適な言葉がありました。
「染める者の側からすれば、こまかい模様があるより、地を見せるのがむつかしい。ほんの少しの濃淡の染めムラでも目立つ」
模様を美しく際立たせるのは「地」の見せ方によるのですね。なぜか利休百首にある「右の手を扱う時は我が心 左の方にありと知るべし・・・」を思い出しました。
極めた人の言葉にはいつも、共通するような感性を受けることがあります。メインでない、見られていないようなところこそ、その物を表わされていることがあったりして、難しく、心をおかなくてはいけない・・・。

「藍は生きています」
私は幾度となくこの言葉に出会いました。
野口さんの仕事を知って、まさに藍は生きているのだと実感し、そして、その藍染めの浴衣との付き合い方も分ってきたように思います。
「まず一年は着ないでねかせておいてほしいんです。」と、野口さんは言います。
そうすれば藍が枯れ、生地にくい込んで、色うつりを多少防げるのだそうです。
「昔は客の方でよく知ってて、来年の分を今年もとめたもんです」

来年の浴衣を買っておく。急かしい時世の中で、なんとも贅沢なお話しだと思いました。

本藍染めは、「着れば着るほど味が出る、洗えば洗うほど藍の青がきれいな色になっていく」と言われています。
私も、長く付き合える浴衣に今年出会えたのだと思いました。


先日、日本橋にある浴衣の問屋「三勝」を営んでいる天野様が、ニューヨークに遊びに来ていました。ご一緒にお茶をいたしました。短い時間でしたが、とても楽しい時間でした。
「三勝」は長板中形の人間国宝 清水幸太郎の技を継承しております。
webページを是非ご覧ください。
http://sankatsu-zome.com/

6/29/2010

ロータリークラブウォールストリートで着物のスピーチ

ロータリークラブウォールストリートで着物のスピーチをしました。スピーチをしたのは、6/16で、もう、10日以上も経つのですね。
その6/16は、150年前、日本から遣米使節団がニューヨークに初めて来た節目の150年を記念する日でした。その日を、ブルンバーグニューヨーク市長が日本の日として、エンパイヤの灯りが日本の国旗に彩られました。

そんな記念すべき日に、ニューヨークのロータリークラブウォールストリートで着物のスピーチをする機会に恵まれ、偶然のこととは言え、大変光栄に思いました。
先週、クラブから記念の盾が贈られてきました。黄金の色の箱に入っていて、箱を開いたら丁寧に紙に包んでありました(写真)。そして、手紙もそえられていました。

スピーチ当日は、いつもとは違った指向とのことで、会場にワインにチーズと言う組合わせが置かれるとのことでしたが、それに加えて、会場に巻き寿司と日本のビールもおいてくれました。会場は小さなところでしたが、満席で立ち見が出るほどにスピーチを聞きにお越しになってくれました。

スピーチ内容は、着物の歴史・変遷、今の着物の現状と、着物産業の問題点、今後への課題と、私が世界へと向けて着物をNYから発信していきたいと思った理由。47枚のスライドでお話しさせていただきました。
今回、このようなスピーチをする機会に原稿をつくり、着物は世界へと発信していくべきだと強く思いました。でも、同時にそこには大変に難しい大きな壁があることも痛感しました。

英語での30分近いスピーチは大変でしたが、スピーチが終わった時に拍手をいただき、その後にもいろいろ質問をいただき皆様の関心が深まったこと、着物の素晴らしさや気持ちが伝わったことが何よりも嬉しかったです。

次世代へと継げる物が作り続けられるように、世界を巻き込まないといけないと思っています。一人では何も出来ないことですが、でも、はじめの一歩がないと何も始まらないとも思いました。
ロータリークラブウォールストリートにはクラブに所属している現地アメリカで活躍している方たちがお越しになってくれました。アメリカ人からヨーロッパ、アフリカの方たち多くいました。そして、その中に一人日本人の方がいて(その方が今回の件をお声をかけてくれました)私のスピーチに、「着物の歴史がこんなに深いとは思わなかった、もっと着物のことを知りたいと思いました」と、お手紙をいただきました。

反響は思うほどには直ぐには表れるものでもありませんが、大きな一歩を踏み出したと思います。
そして、会場の皆様の反応に、着物は、世界のファッションとしても発信できる無限の可能性を秘めていると確信しました。

Rotary Club of Wall Street

6/08/2010

Japan Dayセントラルパーク サムライパレード

Japan Dayセントラルパークというイベントが6/6にありました。
そこで、150年前に遣米使節団の77人のサムライがニューヨークを行進したとのことで、それを再現するパレードが行われました。

サムライパレードは、正使・副使・目付のメインの3人を先頭に、鍋島藩大名行列推進委員会の野中理事長が率いる50名のサムライがセントラルパークを練り歩くと言うものでした。

私は、正使・副使・目付の3人の時代考証と着付けをいたしました。
時代考証では、ニューヨークシティーミュージーアムに保管されている資料のコピーですが、見させていただく機会に恵まれました。
150年前のお侍さんは、とても派手な袴を着ていました。そして、身分が高い人ほど、白い衿と白い雪駄・・・3人の正使・副使・目付は、やはり白色でした。

写真は、ニューヨークシティーミュージーアムで資料閲覧させてくれたKathleenさんとご一緒に。Kathleenさんありがとうございました。


今回、鍋島藩大名行列推進委員会の野中理事長が率いる50名のサムライの着付けを担当してくれたのが、私の着付け教室の生徒さんたち7名です。

Japan Day前日の6/5に7名の生徒さん皆様と、当日にむけての準備と着付けの復習をご一緒にしました。

その準備の時の写真です。生徒さんたち同士で着付けをしているところです。

6/6、Japan Day当日、雨の予報にもかかわらず、晴天でした。
私の着付け教室に通ってくれている、美容師の泉水さんが、私が担当する正使・副使・目付のヘアセットをしてくれました。そして、私のアシスタントとして、着付け教室の生徒さんの一人が当日大変に助けてくれました。

アシスタントをしてくれた生徒さんが「袴が派手なのですね」と言うので、そこがポイントであることもお話をしました。

今回のお侍さんの着付けでのポイント、武士の決まりである刀を2本差しするため、角帯は3回りすること、そして、今馴染みである白黒のストライプの袴は、150年前にはそうした決まりの柄が着用されることはなく、とても柄や色彩豊かな派手な袴を着ていたこと。そして、中級~下級武士は、脚絆(黒色)を着用していたのですが、高い位の武士は、白の鼻緒の雪駄、白衿でした。

しかし、今では刀を2本差しすることが想定されていないのか・・・角帯が3回り出来ませんでした。それとも、帯の長さは変わらないけど、昔の人が痩せていたのかなって思いました。

もっといろいろ考察ポイントを上げたいのですが、それは改めて詳しく書こうと思います。

無事、6/6Japan Dayセントラルパークでのサムライパレードが終わりました。

生徒様たちとご一緒出来たイベント、本当に楽しかったです。

当日の50名のサムライパレードの着付けをしている様子です。









50名のサムライパレードを担当してくれた7名の生徒さんたち










正使・副使・目付の三役のヘアセットを担当してくれた着付け教室に通ってくれている生徒さんで、美容師の泉水さんです。
 当日アシスタントして、私を助けてくれた生徒さんです。西宮大使が足袋をはくところの写真です。
御三方の正使役NY領事館西宮大使と、米国三菱商事の小松社長と、米国三菱商事の和光様と、サムライパレードスタート地点に行く前の最終チェックしているところです。

鍋島藩大名行列推進委員会の理事長の野中様が先頭を歩いています。御三方(正使・副使・目付)をお守りする気持ちで行進してくださいと話してくれました。

こちらの本が大変に参考になりました。当時の御三方の凛々しさ、NYの地で再現出来たこと、嬉しかったです。

ご協力してくださいました生徒さんたちお疲れ様でした。心からありがとうございました。
ご一緒出来て、とても楽しかったです。

5/16/2010

撮影が続きました

4月から5月にかけて作品撮りの撮影が続きました。

ご一緒したフォトグラファーさんが、表現したい方向が皆様違っていたので、その都度いろんな発見や、これからの課題、そして、自分の表現についての挑戦したいことの焦点も定まっていくものでした。

作品撮りの撮影を重ねる度に、まだまだ入り口にいるような錯覚に見回れます。
まだまだ出し切れないほどの、着物の強さに自分の表現したいことが追いついていない感覚です。

伝統が折り重なった今に通じる濾された洗練さが凝縮して、そして、人が着てこそ成り得る世界観が、空間と調和して作られ、着物の表現がさらに広がっていきます。そこに、自分らしいスタイリングの表現を出していくことに、高い垣根を感じることがあります。

「着物だけで、ドラマがあるから」と、アフリカンアメリカのフォトグラファーさんに言われて、何度も話し合いながら、写真を撮っていきました。

「着物」には「ドラマ」が存在している、まさにそうだと思いました。

今回作品撮りに参加してくれたモデルのsarahさんは、アメリカで人気テレビ番組「アメリカントップモデル」で話題になった方でした。
とても冷静で魅力的な方でした。












ヘアアーティストやスタッフの方たち、とても素適な方たちでした。また、近いうちにご一緒に。。。

5/15/2010

プロムへの夢

プロムに参加する高校生から、「着物を着て行くことが夢」と、電話やメールで問い合わせがありました。フィラデルフィアからでした。
御母様からもメールをいただき、正式にご依頼を受ける形になりました。

ニューヨークシティーから急行のアムトラックで1時間10分のところ、普通電車では2時間30分ほどかかるところにフィラデルフィアがあります。

フィラデルフィアの駅に到着すると、駅のホームで高校生の御母様と、ご本人の高校生が「Hiro」と掲げた大きな紙を胸元に持っていて、団体旅行をしたときのことを思い出してしまいました。

その高校生の女の子は、日本のアニメがきっかけで、日本にとても興味がわき、日本語教室に通い、テレビも日本の番組と歌しか聞かないと話していました。
将来は、日本で働きたいと話してくれて、その溢れるほどの日本への熱い思いがありました。

家に着くと、高校生の祖母や御父様もいらっしゃって、そして、彼女の日本語の先生まで見学にいらっしゃっていました。
彼女に日本語を教えている先生は、日本人の方でした。「ニューヨークから着付けをする人を呼ぶと言う発想が浮かぶことに、私は驚いたの」と日本語の先生は私に話してくれました。

ニューヨークシティーとフィラデルフィアは距離にして東京と名古屋ぐらい・・・、私が高校生の時に、卒業式パーティーに出席するのに、着ていくドレスや着物をスタイリングしてくれる方を遠方から呼ぶと言う発想は、確かに、それさえも浮かばないことだったかもしれません。

着付けと言う仕事がアメリカ人の高校生の「着物を着てプロムに行くことが夢」へと形にしていける橋渡しになったこと、素適なことだと、仕事を終えて思いました。

彼女からビーズを付けて欲しいと言われて、帯揚げの上につけてみました。彼女のイメージするスタイリングをしていくこともとても楽しかったです。
御母様が、「娘の願いを叶えてくれてありがとう。Hiroは着物のスタイリングを現代的にも スタンダードな古典も両方できるのね」と言ってくれて、その一言が嬉しくて、その時期、法人設立の手続きをしていたところだったので、社名を「Mode & Classic」に決めました。

アメリカの高校生の夢を形にしたときに浮かんだ社名、私も、夢を形にしていこうと、その決意や想いが漲った瞬間に感じました。

*写真は大量のビーズの登場で、どのようにスタイリングしようかと考えているところです。

4/22/2010

撮影を受ける側

最近、スタイリストとしての撮影がつづいていました。

でも、昨日は、私が撮影をされる側になるご依頼があり、それも動画のビデオ撮影で、着付教室の様子と着物の紹介と、そして、インタビュー・・・。
インタビューは大変苦手で、私の声が小さいみたいで、「もっと大きな声で隣の部屋に聞こえるような声を出して」と、何度もやり直し・・・。
そして、インタビュー内容もアメリカ人の方からの質問は余にも漠然としていて、「着物とは何ですか?」って聞かれると・・・一言で言う具体的な言葉が浮かばないものですね。

着物の紹介も、一着の着物そのものに、歴史・風土と膨大な文化的背景が含まれているから、短い表現で言葉に表すことが、あまりにももったいなく思う不思議な感じがしました。

私は、日本にいた時に京都の観世流シテ方の能役者の先生から、能のお稽古をいただいておりましたが、先生が「今に通じる京友禅の発展は、600年前から能役者の生き血を吸った美しさの結晶でもある」という素適なお話しをしてくれたことがありました。

京友禅一つにしても語り尽くせないほどに奥が深く、そのもの着物を短い時間の中で表現することの難しさ、インタビューという形で着物を伝えることの難しさを今回痛感しました。

着物スタイリストとして撮影をする側でしたが、撮影を受ける側にたって、ニューヨークで「着物」を伝えていくことへの課題が沢山できたインタビューでした。

こちらの写真は、ビデオ撮影を終えて、撮影をご一緒した皆様と記念に。