3/14/2009

歌舞伎衣裳と伝統「技」

こちらのブログの坂東玉三郎の衣裳についての記事・・・
とにかく、写真を見てください!
あまりの素晴らしさにため息です。
http://taizou.jp/blog/2008/02/2-4.php
この衣裳を着た坂東玉三郎を見たいと心から思いました。

「歌舞伎衣裳あれこれ」という題で、著者の切畑健がこのように歌舞伎衣裳のことを書いています。
伝統的な芸能に接して、初心の者がまず魅了されるのは、それぞれがそなえているきわめて特色のある諸要素のなかでも、衣裳・扮装によるとしても過言ではあるまい。
天明四年(1784年)大坂藤川座(角芝居)で「恋渡縁石橋」では、市川団蔵の踊りの絵番付にわざわざその衣裳が記されたという。
 「花色繻子(打掛か)に金紗(繍か)にて矢車の文様。獅子頭を持ち種々所作」など
「花色繻子」は、はなだ色の繻子のことで、はなだ色は淡藍色です。繻子は、織物。滑らかで光沢がある、サテンのことです。
「金紗」は、紗の地合に金糸を織り込んで文様を表したものです(京都西陣の産)。
ここでの地合は布地のことですが、地合と言う言葉は、取引市場の人気など、相場の状態のことも言います。布地と言う表現ではなく、地合いという表現だけで、生き生きした印象を受けます。
この一文を読むと、「きっとこんな感じの衣裳だったのかな?」と、不思議に舞台上での衣裳の情景がうかびますね。
当時の衣裳を表す言葉が今に伝わる(残る)、そして今でも生き生きしているのが目に浮かぶのは、歌舞伎やその衣裳の魅力が当時の人々の活力だったのかもしれないですね。

「本物は、時を越えても、理屈でなく感動を与えてくれるものだ」と言う言葉を、ある問屋の主人から頂いたことがあります。
こうした素晴らしい衣裳を見ると時を越えて「残していきたいもの」だと心から思いました。
「残していきたい」と簡単に書いてしまいましたが、この坂東玉三郎の衣裳の一着一着が出来るまでの背景にはとても困難な道のりがあって、それを作る職人の「技」を守ることの大切さを銀座泰三のブログから読み取ることができます。そして、「坂東玉三郎」という存在、「一から作る」というこだわる心があって、日本の伝統芸と伝統技が合い、光り輝く結晶のように出来上がる衣裳が現在でも作ることが可能になったのだと思いました。いや、可能になったのは、本当に奇跡のようなことで、本物の追求をやむことなくしていた銀座泰三と坂東玉三郎の出会いに寄って出来た世界なのかもしれません。

本物は、時を越えて感動を与えるもの・・・
「昔は日本には良いものがいっぱいあったね」と終わってしまうより、今の物づくりの中で、私たちが後世に「残していきたい」本物に出会い、そして、そう思う心を持つことが大切なのではないのかな。
そして、「残していかないといけないもの」が見えてくると、自然と職人の「技」の大切さを知ることが出来ると思います。
そのためにも、たくさんの「本物」に一人でも多くの人が出会って欲しいです。
そのような着物に出会えれば、それは過去の産物ではなく、未来形の「美」の追求が続くことと思います。

何度も坂東玉三郎の衣裳の写真を見てしまいました。実物を見たいです。
でも、この衣裳を着た玉三郎を見たら感動で卒倒しそうです。

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