6/27/2009

カーネギホールでプライベートコンサート!?

友人に招待され、カーネギホールのWeill Recital Hall(小ホール)で、日本人のジャズピアニストのRyuji Osakiさんのリサイタルがありました。後援がRoberts Mitaniという会社でした。
見に来ているお客様がご招待が多く、まるでプライベートコンサートのようでした。日本からも聞きに来ている方が沢山いらっしゃいました。
コンサートのあとに、レセプションルームにはお飲み物も出ていて、演奏した方たちや、後援のRoberts Mitaniの創業者の神谷様とのお話が出来ました。
音楽には詳しくないのですが、Osakiさんの弾くピアノの音色は、日本の情感にあふれていました。とても素敵な音楽に出会えてうれしかったです。

6/22/2009

伝統を守る難しさ


夏と言えば、浴衣ですね。
浴衣という言葉は、湯帷子(ゆかたびら)からきていて入浴専用衣でした。歴史を遡ると、平安時代の初期の『延喜式』のなかにも記述が残されているため、それ以前からあったものだそうです。
浴衣も時代の変遷をたどり、江戸時代の中期以降には一般庶民の間で湯上がりに浴衣を着ることが習慣化されました。ただ、木綿は当時とても貴重品で、麻などに比べて肌触りがよく、美しく鮮やかな色を染め出すことができ、湯上がりだけではなく夏の庶民の常着にもなりました。
浮世絵などで浴衣姿に団扇を持った女性が湯上がりをくつろいでいる姿が描かれているのを見たことがありますが、「昔の人は湯上りのひとときを大切にしたから」という話を聞いたことがありました。
そんな浴衣に欠かせないのが中形です。籠付浸染(籠染)は中形の一つです。
浴衣専門の藍染屋「中野形染」が、創業100年をむかえた2008年に最後の生産をやめました。籠染の技法を継承する全国で唯一の工場でした。
「輸入プリント地などの普及によって需要が落ち込んだため」と書いてある記事を読みました。
籠染めは、二本の円筒形の真鍮型を回転させ、その間に生地を通しながら、生地の表裏に同時に型付けしていきます。表と裏に柄があるので、反物はリバーシブルの状態ですが、使い方は違い、裏の柄が袖や裾からさりげなく別の模様が見えることにオシャレとした江戸らしい粋な贅沢な浴衣でした。
先日(6月20日)に、ニューヨークの美術館MoMAで、スイスの銀行UBSが主催するパーティがあり参加しました。不景気の最中であり、実際に銀行のほとんどが大赤字という話を聞きますが、MoMAのメンバーは無料で招待されました。UBSの方向として、会社自体が美術品をコレクションするだけではなく、芸術の取引をサポートすることを銀行の業務として行っているそうです。そのため、芸術家のサポート、発表する場を提供、そして今回のパーティのように芸術に触れる機会を作り、芸術に理解していただくようにしているそうです。
次代を先見し、重要な文化資産を築くUBSに支えられた芸術は沢山あったことと思います。
もし、このような考え方が、「伝統技法を守る」ためにも活用されたらと・・・願ってしまいました。
芸術は新たに生み出すもので、「伝統技法を守る」と言うこととは反対のように思われてしまうかもしれませんが、浴衣が平安時代から変遷を繰り返してきたように、次代につながる意味においては、芸術を生み出すことも伝統技法を守ることも同じだと思います。
日本で作られた浴衣が失われていくことはとてもさびしいです。
失われたものを取り戻すのはとてつもなく難しいと思います。
個人の範囲で考えられることではありませんが、次代につなげる文化資産を守ることの大切さに気がつくことが必要だと思いました。

*写真は、広重の神田紺屋町

6/18/2009

altoでディナー

先週の月曜日に素敵なイタリアンリストランテに行きました。
ミシュラン1星のレストランです。

東京イタリアンみたいかな?と思ったら、それなりにボリュームがありました。
とても美味しかったです。テーブルのマグノリアの花が印象的でした。



壁一面ワインボトル

6/16/2009

男の着物から思ったこと

夏と言えば、絹だけでは語れない苧麻などで作られる宮古上布など、
宮古上布は今では高級品としてデパートで見かける値段に驚きを隠せませんが、触れたときの感触は、いつも着物を着ていた祖父を思い出すとともに、盛夏の訪れを感じます。
夏だからこその着物を着こなす男の人は素敵です。
私の祖父は全盲だったのですが、いつも着物で過ごし洋服を着た姿を見たことがありませんでした。また、浴衣は寝巻きとして着る以外は、家にいるときも決して浴衣でなく“着物”を着ていました。
今思うと、着物の構造は理にかなっていたのかな?と。そして、見栄えを楽しむものだけではなく、素材の感触もまた楽しめて、祖父は季節を着るかのように着物を着ていました。
そんな男の着物の勉強は尽きないです。
そして、いろんな本に出会っても、常に行きつくところには「隠れた贅沢」があることを感じます。

「男のきもの雑学ノート」と言う本がありますが、入門としてとっても活用しやすい本です。本には、
「野暮は揉まれて粋になる」という格言を心強く見方にして、「どんなイメージ」で「どんな用途」で着るかという点さえ明確にしておけば、大きな誤りは犯さないはずだ。
「着物も洋服選びと同じ」「自分の着る用途に合わせて選ぶ」など・・・
とても共感することが書いてありました。
当たり前で簡単なことのように聞こえる言葉ですが、この当たり前なことが、なぜか「着物」となると見落としがちでいる人が多くいるように思います。

海外生活をしていると、「着物=正装」という感じに特別なお召し物となっている印象を多く持っている方に出会います。
最近、私のニューヨークの着付け教室は現地のアメリカ人の生徒様が増えました。
着物の着方だけではなくて、着物のことをいっぱい知りたいとおっしゃってくださいます。先ずは基本的なことになってしまいますが、正装から普段着まであること、そして、日本には四季があるからこその季節によって素材や柄が違うこと、多種多様であることを微力ながら本を見せたりもしつつ出来る限り伝えます。
着物を着ようと思う気持ちから、そして「ご自分の用途に合わせた着物を見つけようとすること」・・・そこに至ることがとても大切なような気がしました。

6/03/2009

Verizon Wireless広告の着物スタイリスト

San Francisco空港にて

3月の冬時間から夏時間に時差が変更した日、いきなりVerizon Wireless (ベライゾンワイヤレス)のポスターの仕事の依頼が舞い込んできました。仕事内容は、着物コーディネート・スタイリスト、撮影現場での着付け・・・一言で言うと丸投げの状態。そして撮影日まで10日しか時間をいただけませんでした。
Verizon Wirelessという会社はアメリカ最大の携帯電話会社で、今回の話はグローバル展開する上で日本をカバーするバージョンのポスターでした。ご一緒に仕事をするフォトグラファーやプロデューサーの人たちは全てアメリカ人。もちろんクライアントもアメリカ人です。
少し驚いたのが、着物のことを、「婚礼の席で着ているようなもの」と表現していたり、イメージしているもののサンプル画像が浴衣の写真が送られてきたりと・・・頭の中が、「何を望んでいるのかな?」と"?マーク"でいっぱいでした。
「着物」についての説明からしないといけないのかな?と考えている間もなく、「まかせる!」と言われてしまいました。
きっと、プロデューサーは、日本バージョンだけではなく、いろんな国のバージョンのポスターも同時進行で作るので、大変だったと思います。
イメージ画像から方向性を確認し、そこから着物の提案と着物選びの着物スタイリスト業務、その上で着物の調達のコーディネート。振り袖を十五着からはじまり、女性ものの小紋から訪問着までの着物を十五着、そして男物の着物から、子供の着物、和装アイテムから着付けに必要な道具(帯枕とか帯板とか・・・)。 ニューヨークにある物だけではとても間に合わず、日本からも大量に調達いたしました。

こんなに大きな仕事を、なぜか、私個人で引き受けてしまい、日本からの調達したものが一つでも運送する過程で手違えや何かが起これば、撮影日に間に合わない・・・そんな大きなプレッシャーを一人で悶々と抱えていました。
時差の関係もあり、日本との電話でのやりとりは深夜・・・、「ニューヨークの夜が明けてしまったな-」と思っていると、午前8時から制作のプロデューサーから電話とメールの嵐・・・。
私が男の着物の提案として出したイメージ画像がお気に召さなかったのか、「クライアントから『男の着物にゴールドのドラゴンが描かれていない』との質問があったが、男の着物はどうしてこんなに地味なのか・・・」とプロデューサーに言われ・・・、”ゴールドのドラゴン!?” 歌舞伎の舞台衣裳か、偶に卒業式で派手な羽織袴を着た男の人を見かけるけど「クライアントがイメージしている男の着物はそのことかな?」と、難解な問題を突き付けられた気分でしたが、出来る限りクライアントが望むイメージの着物を探しました。探すと見つかるものですね。時代を遡ること安土桃山時代のアウトローな男性の着物が素晴らしく華やかで、昨年もユナイテッドアローズがアウトローな男性の着物を提案するファッションショーをしているのを見つけました。さすがにゴールドのドラゴンはいませんでしたが、大変華やかな男性の着物です。でも、値段を見てみたら一着100万円以上でした。数も多く用意しないといけないのに、一着にこんなにお金をかけられない・・・「着物でなくて、浴衣ならどうだろう?」と思い、以前、ユナイテッドアローズで男の浴衣のデザインを提案したことがある六本木で呉服屋を営んでいるawaiさんに電話をかけて相談してみました。店長のキノピーさんが快く話を聞いてくださいました。でも、その時の浴衣のデザインは、とてもシンプルな柄でした。
仕方がないので、男の着物についての歴史と、また、今現在でも確かにユナイテッドアローズなどでは派手なアウトロー(安土桃山時代を意識した)そんな着物をファッションショーなどでは出品しているけど、入手にはかなりのコストがかかること、を素直に伝えました。ご理解はいただけましたが、やはりそれでも「派手に」というご要望でした。
着物を「伝える」と言うことの難しさを、痛感しました。

着付け教室には、調達した物で段ボール箱が日に日に積み上がっていき、来る生徒さんが「これ、どうしたのですか?」と目を真ん丸くして見ているばかり。
撮影前なので、箱の中は見せられませんでしたが、広告の撮影があることを話して、これを機会にと、撮影時の着付けなどについても、教えたりいたしました。

撮影日までは、ドタバタ劇のような数日間。
そして撮影現場でもハプニングはいろいろ起こり、先月The wall street journalという新聞に広告が載ったときもハプニン発生!それはまたの機会に書こうと思います。
アメリカ人が制作するポスター広告、日本人は私一人という状況の中で着物を表現することがどんなに難かしいことなのかを痛感しながらも、今となれば笑える話のようなハプニングも含め、いつか書きたいです。

先週、プロデューサーから正式版のポスターが出来上がったものが私の自宅に送られてきました。

沢山の日本からご協力してくださいました方たちに、御礼を申し上げたいです。
ポスターが出来ました。心から、ありがとうございました!

*大きな封筒に、厚紙で両面保護されてその上にビニールで保護されていました。
丁寧に送ってくださって、本当に心配りの細やかな素晴らしいプロデューサーさんでした。

6/01/2009

涼の装いで茶を振る舞う


先週の金曜日、ニューヨークのJavits Convention Center(ジャビッツ・コンベンション・センター)でBookExpo Americaというアメリカ最大の本の博覧会がありました。
私の着付け教室に通ってくださっている生徒様が声をかけてくださり、講談社アメリカのブース内で、茶道のお手前を披露して欲しいと言われました。大変に恐れ多いご依頼に、「お茶を皆様に振る舞う」という範囲でお話をお引き受けさせていただきました。
裏千家、一三世圓能斎が創案した盆略手前をもとに、会場のブースに合わせてお盆を使ってお茶を振る舞いました。

もうすぐ6月、少々季節を先取りして、夏の着物の「絽」を着ました。
イベント当日は雨の予報であるにもかかわらず、晴天。そして午後には気温が夏日ほどに上がり、夏の絽の着物で皆様をむかえられたことがうれしかったです。
皆様が一息したい一服に「涼」を少し加味して感じられるようなお席に出来たらと思いました。

この絽の着物は、一昨年、東京の根津駅直ぐそばの「たこや」という呉服屋さんで仕立てました。大変お世話になった呉服屋さんです。
色に一目惚れして、柄を見てみると、初夏の紫陽花に夏秋の桔梗が描いてありました。
たこやの女将さんが「夏いっぱい使えるでしょ」と満面の笑顔で私に声をかけてくれました。
確かに柄がちょっと分かりやすい表現での描かれ方ですが、この頃合いの良さも、なんだか愛嬌と言うことで、私はこの着物をとても気に入っています。

今回の「お茶を振る舞う」ご依頼の件で、ニューヨークにいる裏千家の茶道の先生にご相談に伺い、イベントでのお手前をするときのご指導をいただき、盆略手前のお稽古もつけていただきました。時間を作ってくださってとても感謝しています。
そして、やはり、とても茶道が好きなことに気がつきました。ニューヨークに昨年引っ越しをしてきて、ニューヨークでの生活が追いついていないときから、茶道の稽古をこちらでも始めましたが、茶道は自分の心を写す鏡のように、生活自体が慣れない環境の中で茶道のお稽古をしても、正直なかなか気持ちがお稽古に入れないでいました。
でも、逆に、そうした自分とも素直に向き合う場として、茶道の稽古を続けたいと思いました。お茶を振る舞うイベントが無事終了したことを翌日に電話をかけて、先生にご報告をいたしました。そして、先生のご自宅に茶道のお稽古に通うことを約束いたしました。これからも茶道を続けたいと思います。

BookExpo America http://www.bookexpoamerica.com/


土曜日のランチ

ミッドタウンからアップタウンへとバスに乗りました。

目的は違ったのですが、バスの窓から”ATLANTIC GRILL”と言うレストランが見えて、バスが停まったところで降りて来た経路を戻りました。
アトランティックグリルは、一世代前の流行ったレストランだと聞いたことがあります。牡蠣(オイスター)が美味しくて、冬は予約の電話をしたときに満席で断られたことがありました。
まだまだ、人気店です。
アトランティックグリルで食べるランチは、のんびりした雰囲気があって、久々の丸々一日仕事が休みの、土曜日のランチを満喫しました。

素敵なお部屋

イタリア人の友人がお引っ越し。引っ越しpartyに招かれました。
素敵なお部屋。
イタリアからパパさんとママさんがいらっしゃっていました。
イタリアンマンマ料理美味しかった。