7/30/2009

五耀会 西川箕乃助

私が東京で日本舞踊のお稽古を頂いた西川箕乃助先生は、西川流の宗家十世西川扇蔵の長男です。箕乃助先生から五耀会の案内が来ていました

五耀会

ニューヨークにいると、映画の影響もあり「日本舞踊=芸者」とする向きを感じますが、それは一つの解釈にしかすぎなくて、日本舞踊は、現在およそ200を越える流派が存在すると言われ、その中でも「五大流派」は、花柳、藤間、若柳、西川、板東、と言われています。
それだけあれば、そして歴史の長さからしても、いろんな解釈がされてしまうのも頷けます。
そして、五大流派各々にも特徴的な解釈があります。箕乃助先生が言うには、「藤間、西川は歌舞伎の所作だからとても大胆、花柳は御座敷芸だから繊細な細やかさ」
母に言われたこと「花柳の門をくぐりなさい」と、でも学術的にですが歌舞伎に没頭してしまい、どちらかというと、歌舞伎の物語を感じることが出来るような舞踊、板東や西川流の舞踊を見るのが大好きでした。自身が舞うのは実は苦手でした。小さい時に、(流派は控えますが)日本舞踊のお稽古に通いはじめ、どうにも「クネクネした感じ」が私はダメで自身の姿に可笑しくなってしまい・・・お稽古にまじめに通いませんでした。
どちらかというと、後々にヒョンなことで出会った能のお稽古の方がとても楽しかったです。お腹の底から声を出す一声目の緊張感が大好きでした。
紆余曲折しつつ、西川箕乃助先生にお稽古をいただき、日本舞踊を「舞う」「踊る」とは違って、お稽古中、物語の主人公になりきった感じでした。「宝船」を踊るときは、扇子をお腹の前にすえて、足を蟹股に広げて腰をズッシリ下ろし、右足ドッシリ身体を傾け、左足に全体重ドッシリ踏み込み「布袋」を演じるように舞います。もう、面白くて、面白くて!少々細身である私が扇子一つで、そして所作で、「舞台の向こう側にいるお客様は、私が布袋さんに見えるのかな?」って・・・。

その「日本舞踊」についてですが、・・・一言では、ここでは書ききれないのですが、
日本舞踊協会のページによると、
先行芸能である「舞楽」「能楽」の要素は勿論、様々な民俗芸能のエッセンスが、洗練された形で含まれており、古代から現代に至る日本の芸能の集大成とも言えるものです。
日本舞踊は、400年近い歴史を経て、現在では、歌舞伎を母体とするいわゆる歌舞伎舞踊、
座敷舞の伝統を持つ上方舞や京舞、新しい創造を目指す創作舞踊など様々な顔を持っています。
しかし歴史的にその発祥から現代までの少なくとも400年の歳月の中で、それを更に300年を遡る時代に存在した<能>を始めとする先行芸能の技法を継承し、これに新しい時代に工夫された技法を加えて洗練を重ねて大成されたのが日本舞踊です。
これを要約して言えば「日本舞踊」とは、その大成以前から伝承された古典技法を基礎とし、舞台で表現される芸術舞踊ということになる。
と、あります。
この説明書きを読むと、今改めて、箕乃助先生の日本舞踊のお稽古に能のお稽古が自分の中で合わさり、楽しさの相乗効果があったと思いました。

そして、今回、箕乃助先生からメールが届き、「五耀会」の案内が来ていました。
「さて、私と40代の日本舞踊家4人で五耀会という同人の会を立ち上げました。
習い事としてだけでなく、鑑賞する舞台芸術としての日本舞踊を少しでも認知していただきたいという強い願いのもと会を立ち上げました。」
とのメッセージです。
本当に、箕乃助先生の踊る世界は、「舞う」と言うより、物語が手にとるように感じる舞台芸術です。
こんな言い方をしたら歌舞伎に失礼ですが、もし、歌舞伎の上演時間が長く感じ、強いては台詞が少々長く感じたと言う人がいらっしゃったら、テンポのある日本舞踊で、物語を感じてみてください。そこからまた、同じ演目の歌舞伎を見るのも面白いものです。
同じ題材で、歌舞伎での表現と、日本舞踊での表現を比較するのも大変に面白いです。

私がThe New York Timesという新聞に着物のことで今年の4月に載ったときも(記事;Wrestling the Silk)、恐れ多いと思いつつ箕乃助先生にお知らせしたところ、「素晴らしい!」と一番に言ってくださいました。
とても嬉しかったです。
箕乃助先生にお稽古をいただいていなければ、今の私も違っていたかと思いました。

五耀会、ご興味のある方は、こちらまでお越しくださいね。
http://www.goyokai.com/

7/18/2009

ハリウッド俳優Dannyのミュージックビデオ撮影に参加


先週の日曜日、滞在先のスペインからニューヨークに戻ると突然、ハリウッド映画に70本出演している俳優であり歌手でもあるDanny Aielloのミュージックビデオ撮影で着物スタイリストとコーディネートをしてほしいとの依頼が入ってきました。Danny Aielloと言えば、私の大好きな映画「Dinner Rush」に出演している素晴らしい名脇役のハリウッド大物俳優。ゴッドファーザー2、レオンなど数々の名作にも出演しています。
Dannyの新曲CDのプロモーション(ミュージック)ビデオで、私が担当する場面は、Dannyが歌う後ろから女優さん2人が着物を着て登場すると言う一場面での着物スタイリングでした。
そして、撮影日まで時間もなく、依頼受けてから4日後には撮影でした。
詳細打ち合わせの時に、トラディショナルな感じでなく、かなりモダンな着物の着方で、「タンゴ調に」と言っていると思ったら「フェデリコ・フェリーニ風に」などなど、ご依頼してくれた方も、イメージが固定していませんでした。バックダンスには、タンゴを踊っている人もいるとか・・・。撮影現場に行ってから、「即興で考えるしかないな」って思い、撮影当日それなりの数の着物と帯を持っていきました。
撮影は、Staten Islandと言うところでありました。マンハッタンから車で2時間、3時には出発して、夕方の5時には現場入りしました。撮影スケジュールは翌朝の5時まででした。なんとも凄い時間帯の撮影。撮影現場の家に到着すると、門をくぐると、敷地内には建物が3棟あり、庭には数々の西洋チックな銅像がならび、大きな噴水!海に面していて、家の窓から見る景色は海の水をすくえるような感じでした。豪邸でなくて宮殿!?と言った感じ。
地下室には、音響施設もあり(レコーディングも出来るそうです)、映画の撮影でもこの家はよく使われているそうです。その家のオーナーさんが、私が着物スタイリストと自己紹介すると、日本人の有名な俳優からいただいたと言う素晴らしい着物を見せてくださいました。
そして、Danny、ご本人登場!!!なんと、ご依頼してくれた方から着物スタイリストとして紹介され、Dannyと握手。とってもサービス精神旺盛で、撮影現場にいるカメラマンに着物を着た女優さんとご一緒に写真撮影をしようとしたので、カメラに自分がうつらないように後ろに下がったら、「君も一緒に入りなさい」と言って、一緒に写真撮影。Dannyと自分が並んで写真に写っているなんて夢のようだな・・・。
今回の撮影は、Dannyのお人柄が出ているのか、数々のハリウッド映画をプロデュースしている大物プロデューサーなどがご協力していました。そして、メイクやヘアセットをしているスタッフはなんと美容学校の生徒さんたち。若い人たちにも沢山のチャンスをあげようとしている姿に感動しました。
ただ、少々生意気なのかもしれませんが、撮影現場にはメイクやヘアセットする人たちがいるのは分かっていたのですが、着物に合うヘアやメイクは違うので、とても信頼しているNYでヘアアーティストとして活躍しているシンノスケさんにお願いして、撮影をご一緒していただきました。今回、シンノスケさんが突然な話を快く引き受けてくれてとてもうれしかったです。

そして、出来上がった作品はこちらです。
一度ヘアスタイリングしたのですが、シンノスケさんと話し合って、シャワーキャップみたいにというか「クルクルして欲しい」と私が少々希望を言ったら、シンノスケさんが「映画の”そうせいじ”みたいに!」と了解してくれて、作り直してくれました。こうしたアレンジしている時ってとても楽しい!
着物を着たまま少し踊るとのことで、帯がゆらめくように、Movieに映えるよう帯は結びました。写真で見ると少々平凡ですが、きっと、動きが入ると面白い出来上がりになるかなと思いつつ・・・。

しかし・・・、なんと、私の担当する場面の撮影までに行き届かなかったというハプニングが起こりました。ご依頼してくれた方が、撮影スケジュール(タイムテーブル)の確認が少しおろそかになっていて、ボランティアで参加してくれた着物を着て出演する予定の女優さんの一人が、早朝5時には、ご家庭や仕事の都合で撮影現場を出ないといけないとのことでした。
ご依頼主もボランティアで参加している女優さんに告げていた時間を超える撮影時間になってしまったことに、これ以上迷惑をかけられないとのことで、着物の場面の撮影が中止となりました。「こんなことってあるんだなー」と、ショックと言うより、呆然としてしまい・・・
撮影現場で私が魂抜けはてたように呆然としていたら、Dannyが後ろから来て、私の腕をつかんで「Sorry」と言ってくれました。Dannyが謝ることではないのにーーー!Danny、あやまらないで!!!と思いました。
Dannyは、とてもとても優しくて、人への思いやりに溢れていて、70本も映画に出演しているってこういうことなのだと胸がいっぱいになりました。
スタッフも良い方たちばかりでした。
お互いの少しの確認不足から起こってしまったこと。仕方がないこと。

撮影現場を出るときに、家のオーナーさんが「Sorry」と言うので、クビをふって、「仕方がないことですよ。とても残念だけど、素晴らしい経験をさせてくれて感謝の気持ちでいっぱいです」と、言うと、オーナーさんがプロデューサーさんやいろんな人に私のことを紹介してくれて名刺を配る機会をくれました。お互いに「Sorry」でなくて、「Thank you」と言って強く握手しました。

家に着いたのは、朝の7時でした。10時には着付け教室に生徒さんが来るので、少しだけ仮眠しました。 ショックが抜けないかもと思いつつ、起きたときに、なぜか、Dannyの撮影現場にいることが出来る機会に恵まれただけでも、心から感謝したい気持ちでいっぱいになっていました。

8月に、Dannyのライブがニューヨークであるので見に行こうと思いました。その時は、着物を着ていこう!
I love Danny!!!
*この写真は、メーキングしているところです。メイクをしているのが、シンノスケさん、出演予定だった女優さんの後ろでスタイリングしているのが私です。

7/14/2009

バルセロナの色彩と沖縄の織物

先日、スペインのバルセロナに滞在していました。
建築ではガウディ、絵ではピカソ、そして、街中のいたるところで見かけるZARAというブランド。そのブランドは、1970年代にスペインに第1号店が出来てから、世界的にも有名になったスペイン発端のブランドです。色彩がスペインぽいと言ったら変ですが、色鮮やかです。

なぜか、その土地の風土を感じるファッションとして、沖縄の南国の色鮮やかな紅型を思い出してしまいました。
そして、その対照的にある、沖縄の織物についても考えていました。沖縄は自然があまりにも明るく豊かですが、その気候から思いつきようもイメージが出来ないような、ロウを引いたように滑らかな光沢をもつ宮古上布など繊細な美術品のような趣をもつ織物が多くあります。そして織物の宝庫です。
私が知っているものだけあげても、芭蕉布、読谷の花織、首里の手縞、琉球絣、久米島紬、宮古上布、八重山上布などなど多種多様です。
一見控えたような中に、あまりに力強い美しい織物が、なぜ出来ていったのだろうと、むかし、疑問に思ったことがありました。
それには、琉球という歴史的な背景があることをいろんな本で読みとることができます。
琉球王朝時代の絣と言えば、白絣の色物は王家の晴れ衣であったり。
絣に次いでの花織は、王家の組織で出した無地物に、色糸を入れて、夜空にきらめく星のような小柄が織られたそうです。花織には、綾と呼ぶ縞がありますが、綾は母親の美称で美しいものを意味します。
そして、宮古上布について岡部伊都子さんが「染織を歴史の証として」で書かれている中には、「琉球王府をしめあげる島津の収奪によって、重々の苛政に、先住民が重税を織物で納めていたこと。その苦役のうちにひらめく美感覚とすぐれた技術能力」などが語られています。
歴史的背景で見る織物もいろんな視点があります。
そして、私がとても共感したのは、「沖縄では衣服はその人の身替りで、織物は霊的な存在でさえあり、美しさの基本を形造った。つむぎ織る作業は女心を織る尊いいとなみである」というお話でした。

時々、ふっと、思い出すこと。
私に着物の着付けや着物について教えてくれた先生は、私がお稽古に伺っていたときには既に70歳を過ぎていました。とても優しい先生でしたが、私が、着物の裾を少しだけまたいでしまったときに、「もう、お稽古に来なくていいわよ」と厳しい口調で言われたことがありました。当時は、「怒られちゃった」と言う程度にしか受け止められなかったのですが、時折、その時の先生の姿を思い出しては、それだけ着物に語り尽くせないほどの愛情を持って教えてくれていたことに、胸が熱くなることがあります。

「織る尊いいとなみ」
美を感じる中には、伝わり継承されていく、基になっている人々の心の中に生き続けているものがあるのだと思いました。


喜如嘉の芭蕉布









読谷花織






*画像は泰流社「日本の染織」より

7/10/2009

スペインのワイナリ-TORRES

今までに、行ったことがあるワイナリーは、シチリアのプラネタからはじまり、南イタリアのMastroberardinoとFeudi di San Gregorio、日本の足利市にあるCOCO FARMと、ニューヨークのロングアイランドにあるLaurel Lake Vineyardなど、そんな中でも、今回伺ったスペインのワイナリーTORRESは、ワイナリーという枠を越えて、「なぜ、ここまでするかな?」と思うほどアミューズメントパークのような面白いところでした。

場所は、スペインのバルセロナ中心地から郊外へと1時間ほど乗車してVilafranca del Penedes 駅からタクシーで10分ほどのところにあります。電車に乗車して20分ほどたつと、ヨーロッパの田舎という長閑な風景が車窓には広がります。

ワイナリーの受付を済ませると(事前予約が必要です)、先ず、ミニシアターで、TORRESのワイナリーについてビデオ鑑賞です。15分ほど放映。イヤホンには日本語ガイドもついています。

ミニシアターのとなりには、大きな壁一面のスクリーンがあって、(写真下)このような画像が流れていました。ワイナリーの四季折々を映像や音でひたすら鑑賞です。
 

そこに長い車(下のような写真の車)が登場し、車に乗車すると、大きなドアが開き、外に出ました。そして、ワイナリー内を巡回いたしました。
外に出たかと思ったら、ワインの樽が貯蔵したセラーの部屋へと入っていきます。真っ暗な部屋で、不思議な映像が流れていました。
ディズニーランドのホーンテッドマンションを思い出してしまいました。
 

暗い部屋で上のような映像が流れてから、電気がつくと、このようなワインセラーの部屋(写真下)でした。
やっと、ワインの試飲!楽しみにしていたのですが、一種類しか試飲がありません。でも、とても安い値段で、いろんな種類のワインを楽しむこともできます。

ワイナリー内の葡萄畑は壮大で土から沸々とわきでるものを感じます。


瓶詰めされたワインがここで横に寝かされています。

7/09/2009

バルセロナの宮殿でのレセプション

新市街にあるガウディ建築のグエル別邸の近くに、陶器博物館があります。
この陶器博物館は、アルフォンソン13世の住居だったペラドラルベス宮殿内にあります。とても庭園が美しいです。
その陶器博物館で、夫の仕事でレセプションがありました。レセプションにご一緒させていただきました。
夫の仕事は、医学の研究をしています。今回、幹細胞についての学会がありバルセロナに滞在していました。
幹細胞は最先端医療の研究として世界で今とても注目されています。日本人の山中先生が皮膚の細胞を幹細胞にリセットすることをはじめて見つけた人として有名です(今回、山中先生も最終日に発表があるそうです)。そこから新たに発展する業績は全てアメリカに行ってしまうだろうと山中先生自身が懸念されていることは現実になりつつあるそうです。
そして、スペインの政府もこの学会を重要に位置づけしているのか、今回のレセプションは、カタルーニャ自治州がスポンサーでした。(日本で言うと、東京都がスポンサーみたいな感じです)
最先端医療にかける期待と希望を見ているようでした。
学会会場から、バスを手配されてのレセプション会場である陶器博物館に移動。1000人以上規模の大きなparty。ここにお越しの方たちは学会会場から直接来たから、カジュアルな格好の人たちばかり。とても気さくなレセプションで楽しかったです。次々食事が運ばれて来ます。ワインも浴びるほど飲めそうなぐらい次々でした。
自分のやることとは分野が違うけど、どんな分野でも、希望のある世界に新たな挑戦をする人たちは素敵だなって思いました。バルセロナの古風な宮殿に最先端医療にかける人たちの熱気がラテンの情熱さながら渦巻いている夜でした。

夏の夜の宮殿って、とても素敵。むかし、本当に、夜な夜なpartyしていた華やかな人たちがいたのかな?



7/08/2009

Barceronaに滞在中

夫の仕事の都合で、バルセロナに滞在しています。

昨日到着。ニューヨークから出発してみて、「こんなにヨーロッパって近いんだ」と少し驚き。
到着して、旧市街を散策に、地下鉄に乗りますが、とても綺麗な駅と電車、治安が悪くありませんでした。今まで治安が悪いイメージを持っていました。

街を歩いていて、とても素敵なアパートがあるので、写真をパチリ。なんと、ガウディが建築したCasa Batlloというアパートでした。普通の街並みの中に自然と存在していることに感動。
その少し歩いた先には、Casa Milaがありました。こちらはロサリオ・セヒモンが建築主です。

二つとも世界遺産です。

スペインの夜と言えば、バル!ワインやビールを片手に、タパス(小皿料理)をつまみながら、バルからバルへとはしごするのがスペイン流なのだそうです。そして、お店のはじまり時間が夜の8時とか9時からがほとんど。スペインの夜は長いです。

一軒目、バルセロナ地元に詳しい方からの情報をもとに、Bodeganetaに行きました。さすがに旅行ガイドに載っていないだけあって、地元の人たちでにぎわっていました。お店の雰囲気はこんな感じです。
とっても美味しいタパス!
2軒目にGo!こちらは、ちょっと洗練されているモダン(?)なGIUTAT CONTAL というバルでした。

3軒目、TORRESというワイナリーのアンテナショップみたいなお店がありました。TORRESのワインと言えば、日本では安くても1500円以上はしたと思います。ここでは5ユーロ(日本円で800円ぐらいかな?)のワインが並んでいます。
食後に少しオシャレなワインバーで過ごすのも良い感じです。
真夜中ですが、地下鉄で帰りました。ニューヨークの地下鉄でもいつも疑問に思うのですが、線路に降りないと書けないようなところにある落書きはどうやって書いたのだろうと・・・不思議だなって、今回も思いました。




今回、天気予報ではお天気に恵まれない滞在となりそうで、昨日も、曇り空。
ホテルの部屋に戻り窓の外を見ると、海の上に浮かぶ満月が、曇り空から姿を見せていました。あまりに幻想的な光景でした。そして、夜なのに空が明るく感じました。
夜でも空が明るい・・・だから、バルセロナの夜は長いのかな。



7/04/2009

独立記念日の夜

本日は、独立記念日。祝日ですが、お仕事がありました。夕方6時には仕事が終わり少々疲れ気味・・・。買い物もしていなかったので、夕食は外に食べに出ました。

アッパーイーストの60stから70stにあるお店でいくつか好きなところがあるので行ってみたら、3軒もお休みでした。そんなアッパーイーストの夜というと、テラス席でワインを飲みながらディナーをしている格好いい風景を道を歩いていると見かけます。客層がハイソな雰囲気ただよう(なぜか白人ばかり)地元に住んでいそうな、カジュアルな服装でお食事をしている方たちを見かけます。服装はカジュアルですが、雰囲気が少々敷居が高い感じもしつつ、思い切ってそんな素敵なお店に入ってみました。

せっかくの独立記念日、外で夜風に当たりながらディナーをしたいと思い、テラス席。風はそよぐ程度で天気も良くて、とても気持ちの良い涼しい夜でした。入ったお店は「Baraonda」Second Aveの75th Stのコーナーにあるイタリアンです。

スパークリングワインで、乾杯。アペタイザーに、ジャンボシュリンプにズッキーニが巻かれているのをグリルしたもの、それにフェンネルかな?(フェンネルの葉っぱの根本部分は苦みがあって、シュリンプの甘みのなかでアクセントになる感じでした)と一緒に食べました。これは、なぜか、懐かしいお正月に出てくる大きな殻付きの海老を思い出させる味でした。

なんだか贅沢な気分。

http://www.baraondany.com/media/websitebaraonda.html

食事が終わったときに時計を見たら9時10分。夕食を食べて仕事の疲れも飛び、せっかくだからハドソンリバーの花火を見に行こうと、お店を出て、タクシーにのりました。9時30分からはじまる花火・・・こういう日は交通も渋滞して着く前に終わってしまうかな?と思っていたら、意外と道がすいていて、またタクシーの運転手さんが花火を見たい気持ちを分かってくれて、「OK、OK」と言ってハドソンリバー近くまで西へ西へ向かってくれました。そして、とても花火を見やすいところで、タクシーをとめてくれて、そして、この迫力で見ることが出来ました!

すごい大きな花火でした。たった20分しか花火を上げないので、本当に、タイミングが少しでもズレたら見ることが出来ませんでした。帰り道、メトロポリタンオペラ前のカフェで一息。

ちょっと贅沢な夜だった。

美味しい!

またまた、とってもとっても「美味しい!」に出会いました。

仕事でQueenのAstoria というエリアに行ってきました。
仕事が終わりその帰り道に、「どこかで見たことのあるお店だなー」と思ったら、私の持っている本で「世界の台所 ニューヨークを 食べ、歩く」(著者、松尾由貴)の本に載っているお店でした。

午後3時には、次の仕事が入っていて移動の時間も考えて1時間も時間がありませんでしたが、ギリギリ大丈夫かな?と思って、ランチとして、そのお店に入りました。

そのレストランは「CEVABDZINICA SARAJEVO」と言って、ボスニア・ヘルツェゴビナの料理です。松尾さんの本によると、このレストランのオーナーさんは、ボスニアでは10年以上前になりますが内戦があり25年間経営していたレストランを一瞬にして失ってしまい、その後ニューヨークに渡り、このお店をオープンしたそうです。私がレストランに入ったときは、オーナーのおじさんはいらっしゃいませんでしたが、女性が二人で切り盛りしていました。

そして、このお店ご自慢の、チェバピを食べました。「なんだこれーーー、美味しい!」本当に美味しかったです。「あーーー、ビールが飲みたい。」と思ってしまいましたが、次の仕事も入っていたのと、あと、店内にはアルコール類は売っていませんでした。なので、ペプシを飲みました。

他にも、サラダと、パプリカに挽肉が包まれていてスープで煮込んだようなものも食べました。サラダもとっても美味しかったです。でも、パプリカの挽肉つめは、優しい味で、少々パンチがないように思いましたが、スープと一緒に食べると野菜のうまみが口の中にひろがって、とても上品な美味しさ、Ohデリシャス!って思いました。


「世界の台所 ニューヨークを 食べ、歩く」と言う本には、ZAGATにのっているお店はほとんど載っていなくて、本当の意味での口コミのような隠れた名店がいっぱい載っています。こんなに美味しいものに出会えてしまうなんて、体重が気になりつつ、なんとも罪作りな本だと思いました。
また、ここを訪れようと思います。この味に会うために。

7/03/2009

お稽古中の小話

ニューヨークで着付け教室を開いてもうすぐ一年になります。
ニューヨークで着付けを習うというのは、きっと日本の環境の中で着物の着付けを身につけるのとは違い大変なことだと思いました。日本では呉服屋さんを見つけようとすれば見つけられる、日常の生活のなかでもお店のウィンドー越しからも着物を見ていたりすることもあります。テレビをつければ、時には時代劇がながれている、街を歩いていれば時々は着物姿の人を見かけます。意識しなくても、どこかしらで着物を目にしている。常にそうした環境にかこまれた中で着物を習うのと、海外生活のなかで着物を習うことは環境があまりにも違うように思いました。
そうした中でも、出来る限り、着付けの技術だけではなく、着物の知識も自然と身につけていけるよう心がけていました。
知識をつけようということで、教科書を用意していろいろ試みたのですが、どうしても話が脱線してしまいます。
生徒さんの中にはスピルバーグ制作の「SAYURI」と言う映画を見て着物に興味を持った方が時々いらっしゃいます。私が花街のことで知っているのは、日本にいたときに周りから聞いた話ほどの知識でしかないのですが、着物の話に花柳界の話を時々加味すると「面白い」と言っていただけることが多いです。

 小話

「紬」は普段着なので、花街では紬を着て男の人と二人で歩いていると、普段着で会うほど親しい仲ということを示しているということ。

「簪(かんざし)」は、簪の尖った先が女性の護身の役目をしていたこと。

京都の舞妓さんを東京では「半玉」と呼ばれています。
むかしは一つのお座敷をお線香一本が燃える時間を計ってお花代(玉代)を頂いて一人前の芸者と言われていたから、その半分の見習い芸者を半玉と言ったこと。

舞子さんの帯は6メートル以上もあって、丸帯(両面柄が入っていて)、必ず屋号が入っていること。

 花街以外の話で紋について

生徒さんから、既製品の着物を買う前に、「自分の家の家紋とは違う紋が着物に入っているのですが、別の家紋の入った着物を着るのはおかしいですか?」と相談され、買うのを迷っている着物の画像を見せていただきました。
その着物についている紋が、皇室の替え紋の桐紋で(桐紋は、皇室から下賜された豊臣秀吉が愛用した紋で有名)、 桐紋は明治以降、誰でも使えるようになったから、五三の桐は庶民もこぞって使うようになり、現在でも女紋として一番使われているのではないのかと・・・
昔から必ずしも自分の家の紋が入っているわけではなかったこと。

 などなど・・・

生徒さんに「帯の三大産地は?」と教科書にそった内容のお話をするより、小話をした時のほうが活き活きと話を聞いてくださいます。
基礎知識は大切だけど、着物は奥が深く、本や教科書の文字から得るだけのものではなく、その向こう側の世界が見えてこないといけないのだなって、そんな着物の世界が広がりをもてるように、お稽古中の小話も大切なような気がしました。
無駄な話も多いかもしれませんが、これからも楽しいお稽古を生徒さんにできたらと思います。

テキサスなレストラン


「本場のBBQを食べて欲しい」と、知人に言われ、ランチタイムにご案内いただきました。
Hill Countryと言うレストランで、ウエストサイドの26streetのbroadwayと6th Aveの間にあります。
本当に、カントリーな雰囲気でした。4人で食べに行ったのですが、大勢で食べると楽しそうな、なんともアメリカンな感じです。

BBQと言うと、野外でグリルするイメージですが、ここでは、既に、グリルされているお肉が並んでいます。時間をかけてグリルしたものもあるそうです。

お肉のいろんな部位(既にグリルされ味付けもされている)を選んで、厚手の大きな紙にのせます。お皿なんて必要がないのです。

サラダバーみたいなところに行って、大中小、大きさの違うカップを選んでサイドメニューを選び入れていきます。

*写真は、第二弾としてソーセージを持ってきたところです。美味しくて直ぐに食べてしまうので、美しくない画像になってしまいましたが、こんな感じです。


なんだか豪快です。

とても量が多く、そして安いです。
脂身の多いお肉がやはり美味しかったです。

welcome summer

アパートのルーフバルコニーで、welcome summerパーティーをイタリア人の友人が開いてくれて、浴衣で伺いました。友人のお母さんがイタリアからニューヨークにきているとのことで、イタリアのマンマ料理をご馳走になりました。

パーティーにはいろんな国の人たちが来ていました。レバノン、ジャマイカ、ドイツなどなど。

写真はレバノンの日本で言う寿司とのことで、持ってきてくれた方が、「レバノンSushi」と言っていました。 葉で包まれた中にお米が入っていて、グレープフルーツの酸味がただようのです。不思議な味ですが、とても美味しかったです。
楽しい人たちと、イタリアンマンマ料理もとても美味しく、パーティーが終わったのは、夜中の1時を過ぎていました。

雨の予報で、日中も雨が降りましたが、パーティーがはじまった夜の9時には晴れました。とても夜景が綺麗でした。独立記念日前々夜の国旗色のイルミネーションが多いです。
写真はアパートのルーフバルコニーから。