12/30/2009

実りある一年の締めに

先月の11月にKDDIアメリカモバイルの広告で、着物スタイリストをしました。イメージキャラクターは元モーニング娘の加護亜依さまでした。
加護様の最近の写真を送っていただき、そのお姿からイメージ出来ること、写真の加護様と数時間にらめっこ状態でした。そして、新年版ということもあっての広告、私には全てが「希望」という言葉が、頭から離れないでいました。
KDDIカラーの「紺」も素敵な色なのですが、「青」・・・空を見上げた時の瞬間、
他の色の提案があったのですが、青色の振袖の着物を提案して、クライアントと制作スタッフに着物の画像を送ると、青色の着物で撮影をしようというながれになりました。
そして、今月27日の日曜日頃から日系のいろんな新聞にKDDIアメリカモバイルの広告で、青色の振袖を着た加護様の姿が見かけました。
ご一緒に仕事をした方たちから、連絡があり、とても嬉しかったです。
NYでの実りある一年の締めに、そして、来年への「希望」にむかう気持ちとともに、胸に熱いものが込み上げました。

ロンドンのwebファッションマガジン"chic today"に、今月、私が着物スタイリングした作品が載りました。
webデザイナーの編集ミスで、クレジットネームの記載ミスなどが起こり、年末年始休暇にかかってしまい、ネームの追記は来年の1月となってしまいましたが、作品が載ったことはとても嬉しいです。

NY、そして、ロンドン・・・着物スタイリストした作品を楽しんでいただけたらいいなって思いました。
来年も頑張ろうと思います。

ブログを読んでくださった皆様にいっぱいの感謝の気持ちを込めて。
また、来年も宜しくお願いいたします。
良い年をおむかえください。

12/25/2009

大島紬の美4.大島紬は二度織られる

今回の大島紬についてのブログは4作目になります。それでも語りきれないほどです。

写真の大島紬は私が持っている着物です。クリスマスプレゼントでいただいたものでした。
九マルキ、泥染め、カタス式で織られたT字の絣が見られます。とても素敵な大島紬です。

ここでは、大島紬が反物へと仕上がっていく過程をご紹介できればと思います。

大島紬の特徴は世界でも稀にみる精緻な絣(かすり)です。現在の大島紬は厳密には大島「紬」ではなく、大島「絣」といってもいいほどです。

絣が作られていくには、布地に織り上げたあとにできる文様を想定し、絹糸一本一本のその白く染め残される部分を他の糸を巻きつけて手で括(くく)り、括った糸を解きほぐし、想定していた文様に合わせて縦横に配して織り上げていました。全て手作業、気が遠くなるほど大変です。

しかし、明治時代後半以降、日本中で人気沸騰した大島紬の絣を手括りだけで続けるのは無理がありました。また手括りでは細かい絣を文様のズレなく作るのは不可能でした。
そこで、明治40年以降、織機を使うことによって2度織られることで精緻な絣が可能となりました。

【一度目】
絹布を絣文様に染める為に、「締機(しめばた)」という巨大な織機を使い図柄に合わせて絹布の防染部分を木綿糸で織締めし、絣筵(かすりむしろ)を作製します。
それを泥染め、草木染め等した後で木綿糸を取り去り、
一旦作製した筵を全て解きほどき、絹糸に戻して、また染める
この工程を繰り返します。

【二度目】
縦・横の絹糸が図柄通りに染め上がったら、注意深く手織り機で図柄に合わせて反物を織り上げていくのです。

こうして大島紬は二度織られるのです。「締機」による絣作製の技法は時代を経てどんどん向上し、細かく鮮明な文様織りだけで作製することが可能になりました。
大島紬の工程は30以上にも分かれていますが、全てが分業制で、専業の職人がリレーのように1つの完成品に関わっていきます。「締機」での作業はとても力のいる作業で、強く織り込まないと染色の際に染料が締め織りした中まで浸透して、絣が不明瞭になってしまいます。一度目の締機を使う作業は、男性の仕事で、二度目の手織り機で図面に合わせて織っていくのは女性の仕事だったそうです。

大島紬は美しいというより、底から溢れてくるようなとても強さを感じました。強さは美しさとなって、心に刻まれていくようでもあって。

今、合わせる帯に迷っています。

とりあえず、博多帯で合わせてみました。
何かに書いてあったけど、本当に相性が良いのですね。



12/05/2009

大島紬の美 3. 大島紬は「紬」ではない

最近、大島紬の変遷について少し夢中になっています。

明治維新と言う時代の大変革期の流れをダイレクトに職人が受け止め共鳴して後世へとつなげていく技が生まれていく変遷を、本を読んでいるだけでもワクワクしました。先人たちの知恵と技の結晶の大島紬という着物の魅力は、本当に知れば知るほど面白いです。

ちょっと衝撃なのが、大島紬は「紬」ではないというお話を先日ある本を読んでいて知りました。
「紬ではない」と言うのは、紬糸を使わなくなったためでした。

大島紬は献上品として薩摩藩に納められた江戸時代から奄美大島で作られた紬糸を用い、いざり機(地機)を用いて織られていました。
しかし、明治維新後、上納の必要がなくなり、全国的な大ヒット商品となり従来のいざり機(地機)では生産が追いつかなくなり、そこで奄美大島の織人は大決心をして、いざり機から高機(一般的な機織)へ移行することにしました。
高機は生産性が上がる一方で、糸に負担がかかります。従来使っていた節くれ立った紬糸では効率良く上手く織れないということで、紬糸から滑らかな生糸に置き換わっていきました。

ただ、大島紬という名前が当時からポピュラーだったので、今に至るまで大島紬という名前が使われています。大島紬は生産性の追求で紬の風合いを失った一方で、滑らかな生糸を使うことで世界にも稀にみる精緻な絣を実現していきます。
そのお話は次回にしますね。

*参考までに
「紬」とは、太くて節の多い玉繭から紡いだ手撚りの玉糸やくず繭と呼ばれる変型した繭から紡いだ紬糸を用いて織ったものを言います。表面に小さなこぶがあり、独特の風合いを持った織物です。紬(紡ぐ)と言う名の通り、真綿 (繭を煮て柔らかくなったところを薄く引き伸ばし重ねフェルト状にしたもの) を人がつむいで糸にしたものを使います。紡いだ糸は細い繊維が絡み合い、繊維と繊維の間に空気が絡み合うため、非常に軽くそしてなんととても暖かいです。冬の着物として、その代表格である結城紬が私は大好きです。元々野良着だったのですが、贅沢禁止令も発令された江戸時代には、絹なのに絹らしい光沢を持たず「遠目からは木綿に見え」、さりげなく趣味の良さを主張できる紬は、粋な着物として人気を博していきました。