2/19/2010

働く女性から考案された名古屋帯

着付け教室の生徒さんからのご質問で、
「名古屋帯って、なぜ、名古屋帯って言うのですか?」

と、聞かれました。

そんなことを疑問に思ったことがありませんでした。名古屋帯が名古屋帯との所以・・・
名古屋が織機で有名だから?帯の名産地だから?・・・
正直、正確な答えを知りません!なので、調べました。

調べて見るものですね。名古屋帯を考案した方の素晴らしい思想と、その思想に基づく機能的に作り上げるセンスがあったことを知りました。

大正時代は、丸帯・昼夜帯が主流でした。(丸帯は両面に柄が入っているので1本で名古屋帯2本分となるほどです)

女性解放のめざましかった大正時代ですが、ほとんどの女性が和服姿で生活していました。
名古屋帯の考案者である越原春子さんは、名古屋女学校(現、越原学園)を開設準備に奔走し、帯を締める時間も惜しいほどの、多忙な日々を過ごしていました。そこで、着用に時間のかかる丸帯や昼夜帯を解き、軽くて、時間も早くしめられる帯を自ら考案し作りました。

「女性が男性に伍して社会で活躍するには、まず身支度にかかる時間の短縮が肝要と痛感していたのでしょう。」と書いてありました。
そして、名古屋帯でさえも時間がかかると思った越原さんは、もっと時間を短縮したいと考え、そこから付け帯も考案したそうです。

帯を結ぶ機会が減り、結び方を習得する機会が減ったから、簡単に装着できるように付け帯が考案されたと思っていましたが、大正時代には既に考案されていたのですね。それも、女性が社会進出するため、身支度の時間短縮のために考案されてたという話しはカッコイイ話しだなって思いました。
とは言っても、この越原さんの精神が直ぐには受け入れられる時代ではなかったようです。

しかし、大正9年に、現在の名古屋三越が越原春子さんがしている帯に着目し、帯を借りて、同様の帯を作り大正13年に市販したそうです。

この帯は、名古屋女学校の校名にちなんで名古屋帯と名付けられたそうです。この「名古屋帯」は、瞬く間に全国に知られました。

働く女性から考案された名古屋帯は、着物を着ること自体が日常の身支度とはかけ離れたことになった今現在からではあまり想像できない話しではありますが、
名古屋帯もまた、着物と対に特別な装いの一つとなった今、名古屋帯が考案されたおかげで、幅広くいろんな着物に合わせられるファッションとしての面白さが生まれたように思います。紬の着物に、丸帯なんて想像出来ないですものね・・・。

これが名古屋帯に仕立てられた名古屋帯。「イカの頭」と言いながら名古屋帯のたたみ方を習得している生徒さんがいました。確かに・・・イカのあたまのような形(笑)

1 件のコメント:

  1. はじめまして、
    私は着物というと、わたせせいぞうさんのマンガ「菜」が思いつきます。けんてーごっこに菜検定があったので貼っておきます。という私も4点で落ちたのですが(*_*)
    http://www.kentei.cc/k/546125/

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