4/22/2010

撮影を受ける側

最近、スタイリストとしての撮影がつづいていました。

でも、昨日は、私が撮影をされる側になるご依頼があり、それも動画のビデオ撮影で、着付教室の様子と着物の紹介と、そして、インタビュー・・・。
インタビューは大変苦手で、私の声が小さいみたいで、「もっと大きな声で隣の部屋に聞こえるような声を出して」と、何度もやり直し・・・。
そして、インタビュー内容もアメリカ人の方からの質問は余にも漠然としていて、「着物とは何ですか?」って聞かれると・・・一言で言う具体的な言葉が浮かばないものですね。

着物の紹介も、一着の着物そのものに、歴史・風土と膨大な文化的背景が含まれているから、短い表現で言葉に表すことが、あまりにももったいなく思う不思議な感じがしました。

私は、日本にいた時に京都の観世流シテ方の能役者の先生から、能のお稽古をいただいておりましたが、先生が「今に通じる京友禅の発展は、600年前から能役者の生き血を吸った美しさの結晶でもある」という素適なお話しをしてくれたことがありました。

京友禅一つにしても語り尽くせないほどに奥が深く、そのもの着物を短い時間の中で表現することの難しさ、インタビューという形で着物を伝えることの難しさを今回痛感しました。

着物スタイリストとして撮影をする側でしたが、撮影を受ける側にたって、ニューヨークで「着物」を伝えていくことへの課題が沢山できたインタビューでした。

こちらの写真は、ビデオ撮影を終えて、撮影をご一緒した皆様と記念に。

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