8/01/2010

長板藍染めの浴衣

日本からの便りで、昨日、隅田川の花火大会があったことを知りました。
私は東京出身ということもあり、馴染みのある花火大会です。親の友人の家から見えたので、大人たちは2階の部屋で宴会、子どもたちは1階の屋根に座って見ていました。今から思うと随分危険な見方をしていたのだと思います。
花火大会と言えば、浴衣ですね。
浴衣と言えば長板。昔々は、長板と言えば浴衣のことを指しました。

今年、長板の古い反物を仕立てました。
写真がその浴衣です。両面を同じ模様に染められていることから、昔からの伝統技法でつくられた長板であることが分ります。
伝統的な江戸前の長板中形は、柄が細かく、小紋のような美しさを持っていて、「藍染めの江戸小紋」と形容されました。
現代的な大柄の中形と区別して「小紋中形」とも表現されています。
この写真の浴衣にしても、柄が細かいですね。

私が読んだ本に書かれている長板藍染めには4つの工程がありました。
「型付け」長板の上に貼った白生地に型紙をのせ、防染糊をつけていく。同じ柄を表裏ぴちっと合わせて型付けします。
「下染め」豆汁を刷毛塗りして、藍がうまく染まるように生地を整えます。
「藍染め」藍瓶に浸して染めた生地で風を切ります(風切り)。
「水元」布地をいたわり水洗いします。外の干し場に生地を伸ばして、最後の風切りです。

第三の工程の「藍染め」では、藍で染めた生地が風を切れないと染めムラが残るのだそうです。熟練の技で風は切られていくのです。
本には、藍染め一筋に生きた野口謹一郎さんの素適な言葉がありました。
「染める者の側からすれば、こまかい模様があるより、地を見せるのがむつかしい。ほんの少しの濃淡の染めムラでも目立つ」
模様を美しく際立たせるのは「地」の見せ方によるのですね。なぜか利休百首にある「右の手を扱う時は我が心 左の方にありと知るべし・・・」を思い出しました。
極めた人の言葉にはいつも、共通するような感性を受けることがあります。メインでない、見られていないようなところこそ、その物を表わされていることがあったりして、難しく、心をおかなくてはいけない・・・。

「藍は生きています」
私は幾度となくこの言葉に出会いました。
野口さんの仕事を知って、まさに藍は生きているのだと実感し、そして、その藍染めの浴衣との付き合い方も分ってきたように思います。
「まず一年は着ないでねかせておいてほしいんです。」と、野口さんは言います。
そうすれば藍が枯れ、生地にくい込んで、色うつりを多少防げるのだそうです。
「昔は客の方でよく知ってて、来年の分を今年もとめたもんです」

来年の浴衣を買っておく。急かしい時世の中で、なんとも贅沢なお話しだと思いました。

本藍染めは、「着れば着るほど味が出る、洗えば洗うほど藍の青がきれいな色になっていく」と言われています。
私も、長く付き合える浴衣に今年出会えたのだと思いました。


先日、日本橋にある浴衣の問屋「三勝」を営んでいる天野様が、ニューヨークに遊びに来ていました。ご一緒にお茶をいたしました。短い時間でしたが、とても楽しい時間でした。
「三勝」は長板中形の人間国宝 清水幸太郎の技を継承しております。
webページを是非ご覧ください。
http://sankatsu-zome.com/

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