先日、友禅に関する本を読んでいたところ、面白い歴史がありました。
友禅染めの技法は、奈良時代(710年〜794年)の「臈纈」にまでさかのぼることができます。臈纈は現在のロウ染めで、ロウ防染し、友禅染めというのはこのロウの代わりにモチ米の糊を使ったものです。
奈良時代は模様染めの第一次黄金期。臈纈のほか、現在の絞り染めの「纐纈」、板締め染めと言うべき「 夾纈」の三種が生まれていました。これは天平の三纈と呼ばれていますが、さらに染料や顔料を使っての「描き絵」や「摺り絵」など、模様染めの原型がほとんど出そろっていたのです。
しかし、なんと、臈纈による多色の模様染めは友禅の源流ですが、平安時代に途絶えてしまったのです。その理由は、十二単に見られるように、襲装束が主流になってきて、襲色目が流行しファッションが変化したからです。
この「襲色目」の組合せの種類は二百もあったといわれます。用いられた布は地紋のある綾で、これを後染めで単色に染めたものです。使用する布の量が急速にふえ、技巧を必要とする模様染めにまで手が回らなくなったのかもしれません。
いずれにしろ、友禅の源流であるものが途絶えたのは、平安時代に美意識が変化したためなのですね。
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写真は、正倉院展目録より 「羊木臈纈屏風」「像木臈纈屏風」 |
縄文時代には、美しい季節の花や草を布に摺つけていたそうです。自然界の美しさをそのまま布に閉じ込めてしまいたかったのでしょうか。秋の紅葉の美しさを見ると、そうした気持ちもとても分かります。
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