6/24/2011

飾り結び

「結び」と言うと、結びの一番!と相撲を思い出してしまいますが、改めて考えてみると着物の仕事をしている時に、いろんなところで「結び」と言う言葉を常に使っているものだと思いました。
写真 ”やさしい飾り結び”より 
橋田正園著 日本放送出版協会出版
最近、家の本棚から「NHK 婦人百科 やさしい飾り結び」 と言う本が出てきました。
実は、昔、帯結びを勉強しようと本屋さんであらゆる本を買っていた時に「飾り結び」と言う本の題名に帯結びの本だと思い込んで買ってしまったものでした。写真のように表紙からして違うのですが、買った後に「なんでこんな本を買ってしまったのだろう?」と思いつつ、いつか役に立つ日がくるかもしれないと本棚にしまったままになっていたものです。

アメリカ生活3年にもなると、なぜかこのような本を見ているだけでも心が落ち着きます。幼い時から何気なく自然と視界に入っていた置物についている、ひょうたんの飾り結びや、掛け軸にかかっている亀の形をした結び。
写真 ”やさしい飾り結び”より 
橋田正園著 日本放送出版協会出版
ひょうたんにつける結びは「とっくり結び、けまん結び、玉結びを結び、栓には、こま結び、几帳結びの連続を行う」と本に書いてありました。とっても難しいのだなって思いました。
でも、難しそうですが、本を見ていると作りたくなるものですね。基本中の基本の一つである、「几帳結び」からトライしてみました。
適当な紐がないのですが、帯結びの時の、飾り結び用の細い丸組を使ってみました。
そして、写真のように「几帳結び」が出来上がりました。
「几帳」と言う響きには、間仕切りとしてT字型の柱に美しい帷子(かたびら)が垂れている、源氏蒔絵が頭に浮かびますね。

この本で大変面白いことが書いてあるところがありました。
「茶入れの結び」についてです(仕覆の結びは「茶入れの結び」と表現されています)。
戦国時代(15世紀末期から16世紀末)、権力者は毒殺されることがたびたび起こり、お茶に毒薬が混入されることをさけるために、高い身分に仕える茶道役は、茶入れを袋に入れ、長緒をかけて「封印結」をし、主君を災いから守護する心遣いをしていたのだそうです。もちろんその結びは、茶道役一人だけの心得えとし、技法は誰にも伝えられませんでした。
写真 ”やさしい飾り結び”より 
橋田正園著 日本放送出版協会出版
他にも、本に書かれている飾り結びの変遷については、とっても興味深い話が書いてありましたが、茶道のお話しの箇所になると「だからお仕覆の結びが難しいわけだー」と一人関心していました。

以前、お客様から「着物にはコサージュが似合わないですよね」と、お子様の結婚式に参列する御婦人から尋ねられたことがありました。似合わない訳ではないのですが、和でコーディネートを統一したいのなら、丸組の紐でその季節にあったお花を作るのもコサージュの代用になるかもしれないと思いました。
着物に合うアクセサリーとして何か作れたらと思います。

写真は、手文庫など小さい箱に向く結び。
手文庫がないので、コクヨの小さなノートに結びました。
出来上がりが下手ですが(パンダに似てしまったような・・・)、砂遊びのようで、作ってはほどいて結ぶ、もう二度とこの結びには出会えないのかなって思うと少々愛着がわきました。

6/15/2011

2度目のニューヨークタイムズ

3ヶ月ほど前、私は着物について自分の書いた意見がニューヨークタイムズ/インターナショナル・ヘラルド・トリビューンの紙面に掲載されました。ニューヨークタイムズの紙面に載るのは二度目となりました。

その日の朝、「日本で凄いことが起こってしまった。大きな地震があった」と夫に揺り起こされました。日本にいる家族の安否を確認するとともに、私の書いた記事がニューヨークタイムズ紙面への掲載が予定されていたので、掲載を自粛することを急いで編集者に連絡したところ、既に紙面は発行済みで、web上でも公開後であることを知りました。

複雑な気持ちでした。当面、弊社から情報を発信するのを控えました。
それでも世界のいろんな国の人から、その記事についての素敵な感想をいただいたり、心温まるメールをいただきました。

そして、数日経った時に、お世話になった人や身近な人たちにお知らせいたしました。日本が大変な時に、着物の記事が載ったことをお知らせしていいものだろうか分からなかったのですが、思いもよらない「こういう時こそ、日本の人たちに知らせてください」と言うお返事をいただくことが多く驚きました。

長年アメリカで日本の文化活動を支える基金に勤めていた方からのメールです(今年定年退職して日本在住)。
新聞記事を見せていただいてありがとうございました。よかったですね。自分の主張をきちんと載せてもらえました。記事の掲載を自粛する理由が私にはよく分かりません。堂々と出たものは日本の人とも共有していいのではないですか?ひろさんにも考えがあることなのでしょうが、私にはあまり遠慮しなくてもよいように思えました。日本はこれからお葬式に入るのではなくて、再生の時代に入るのです。そこでは個々の才能の成長や希望の展開が望まれるのです。勇気を出してください。
3ヶ月前、親は電話口で「大丈夫、心配しないでください」と言いますが、どうにも居たたまれなくて、日本に少しでも戻る時間を作ろうと思いました。でも、その時、一ヶ月と日がせまっていたヨーロッパ2カ国の着物ファッションショーを抱えていて、その準備は想像を絶する調整の難しさや多くの人たちもかかわっていて、とてもNYを離れることが出来ない状況でした。

そして、新聞を読んだいろんな人たちからメールやメッセージをいただき、目の前にある仕事をおぼつかせてはいけない「自分が出来ることをやり抜こう」と思いました。
それしか出来ないでいる自分ですが、どんなところにいても「今」を全力で生きることしか無かったように思います。

日本は美しい国だったはずです。
全ては、復興への祈りを込めて。

記事のwebサイト
http://www.nytimes.com/2011/03/12/opinion/12iht-edlet11.html?_r=3&hpw

記事の日本語訳は以下の通りです。

Liberate the Kimono
着物に自由を

3月4日に「きものレッスン」という記事でKimiko Makiharaさんが日本での典型的な着物についての考え方を紹介されていました。ほとんどの日本人が現在、着物は冠婚葬祭に着るドレスと考え、いつどのように着物を着るかには厳格な「ルール」があると信じています。
そしてMakiharaさんが書かれているように、多くの日本人が、日本文化の基本的知識が余りないため、着物をどう着こなすかを知らないかもしれません。
実際、着物には1000年以上の長い歴史があります。しかし、現在日本人が従っている殆どの着物の「ルール」はたかだか150年前かそれ以降にできたものです。着物はその長い歴史のほとんどの期間、今よりもずっと自由に着られてきました。
残念ながら、着物の市場は劇的に縮小しています。その原因の一つは、日本人が着物の「ルール」にこだわりすぎて、ドレスとして広く着てこなかったことがあります。
私は着物ファッションスタイリストとして、着物が伝統的衣装、もしくは儀式用ドレスとしてだけではなく、ファッションナブルなドレスとして認められて欲しいと思っています。着物スタイリストとして、着物教室の生徒さんには今日の着物を着る「ルール」はしっかりと教えて差し上げながら、着物はもっと自由に、躊躇なく着るべきだと思っており、そのことも生徒さんに伝えています。
着物は (日本の民族衣装という枠を超え) 国境や人種を越えて、素晴らしい衣装として世界で認められるだろうと思います。そして世界中の人がもっと自由に着物を着ることを楽しむことを私は心から望んでいます。
Hiromi Asai, New York

6/08/2011

世界のFrancois Narsさんの撮影に参加

今や世界的にメジャーな化粧品会社となったNARS。その創業者であるFrancois Nars (フランソワ ナーズ) さんが自らフォトグラファーとして参加する撮影「NARS Christmas Card」がありました。NARSから仕事のご依頼をいただき、私はスタイリストとして撮影に参加いたしました。

今回の撮影場所は、私がアメリカに来て一番はじめに着物スタイリストとして撮影に参加したVerizon Wireless(アメリカ最大手の携帯電話会社)の広告で撮影した時のスタジオと同じ「Pier 59」でした。「ここにまたこれたのだなー」って思うと、懐かしさとともに胸が高鳴りました。

今回の撮影となるモデルさんですが、超大物なので公開までは名前を言えませんが、その方の個人のクリスマスカードの撮影でした。スケールが違うと思いました。世界のNarsさんにメイクを最終チェックしてもらい、写真を撮ってもらう、この人だからこそ、Narsさんを呼び出せてこのような撮影が出来るのだろうなって思いました。スタッフの数も多いです。写真はNarsさんがメイクしているところです。

その大物さんは、私のことを信頼してくれていました。撮影現場にはヘアやメイクのアーティストさんたちが何人かいましたが、逐一「Hiroは何て言っているの?」とヘアやメイクのことも私に確認を求めて来てくれました。

私は、今月でNYに来て3年になります。相変わらず、英語の上達はなかなか出来ないでいますが、今回の仕事のように世界で活躍する人たちとご一緒に仕事をさせていただく機会に恵まれています。

3年ほど前の自分が、今の自分のような存在を知ったらうらやましいと思ったかもしれません。でも、NYに来てから徐々に大きな仕事が入り、自然とした流れで来たので、いつも話の大きさ(仕事の知名度云々ではなく)純粋に仕事としてのプレッシャーしか目の前にはないものでした。一山越えたら、また更にもう一山と言う感じで、それがいきなり飛び級できるようなお話しは早々に無いもので、どんなに小さな仕事でも全力で頑張り、その積み重ねがこうした大きな仕事につながっていくのだと思います。

常日頃の「準備」する心を忘れてはいけない、「全てはつながっているから」と、私の茶道の師である桜井宗梅先生からいただいた言葉を思い出します。毎回の茶道のお稽古の最後にいろんなお話しをしてくれて、常に「感謝」と「準備」する心を持つことを教えてくれました。私は桜井先生にお稽古をいただけなかったら、今こうして世界的に活躍するような方たちとご一緒に仕事が出来るような自分ではなかったと思います。

これからも、どんな時も全身全霊で頑張って行きたいです。仕事でご一緒した皆様に感謝する気持ちとともに。

NARSからいただいたメールに「Pleasure working with you!」とありました。
この一言の積み重ねが、明日への一歩なのですね。

6/03/2011

アメリカの高校生が着物体験学習に参加

ニューヨーク州の中心(アップステイト)にある高校から、「着物体験学習をしてほしい」と言う依頼が昨年の11月にありました。5月に、ニューヨークシティー(マンハッタン周辺)で「日本文化を知る」と言う目的で、10人の高校生と2人の先生が旅行してきました。プログラムには、剣道なども含まれていました。彼らがマンハッタンに滞在中の5月26日に着物体験学習を開きました。

着物を、振り袖や訪問着、そして小紋などを用意いたしました。着物と言ってもいろんな種類や、いろんな場面で着ることがあることを知っていただこうと思いました。ただ、「振り袖は未婚女性の正装です」と説明しても高校生が興味を持ってくれないと思い、クジ引きを作り、そこに書いてある着物を着ると言う工夫をいたしました。
クジ引きは、やはり盛り上がりました。フォーマルである「振り袖」のクジを引いた子は大喜び、でも街着であるカジュアルな着物「小紋」を引いた子は少しガッカリしていましたが、それでも小紋の着物も色鮮やかさに驚き「こんなのを着て毎日生活していたの?」と不思議そうな顔をしていました。

せっかくなので帯結びを体験していただきました。「では、自分自身で帯を結んでみましょう」と言うと、皆、蒼然とした表情をして、「えー、自分で?」と小声で言っている子もいました。
私が、帯を結び出すと、皆も真剣な顔をしながら、見よう見まねで帯を身体に巻きはじめました。私の仕事を手伝ってくれている杉浦さんが優しく高校生をサポートしていました。でも、私は容赦なく、帯結びをつづけていたら、真剣に見ている高校生の姿がありました。
帯を自分で結ぶには、身体に二巻きするのがやっとです。帯結びにトライするのは2巻きで終了として、こちらで、続きを作ってあげました。
小紋や訪問着を着ている子たちはお太鼓、振り袖は、飾り結びのスタンダードなふくら雀にいたしました。

男の高校生たちも、紋付羽織袴と、紬の着物を用意して、正装からカジュアルな着物の着装を体験していただきました。
男の着物と言えば、「サムライスタイル」(紋付羽織袴)と言うイメージしか持っていない中に、紬などの普段着もあるのは新鮮だったようで、紬を着た男の子も気に入っていました。

剣道を習っていると言う男の高校生は、写真撮影のために、竹刀を持ってきていました。サムライになりきっていました。

写真は、記念撮影する前に、皆で集合しているところです。緑が美しい季節に着物は合いますね。
晴天で良かった。