3/01/2015

朝日新聞「着物に明日はあるか」の記事を読んで

3月1日付の朝日新聞のグローバルで着物の特集をしていました。 http://globe.asahi.com/feature/2015022600008.html
高橋洋文さまが取材に答えた記事「本物は否定されていない」が載っていました。

この記事を読み、違った角度からですが「気仙沼ニッティング」の話を思い出しました。気仙沼と言えば、被災地であるところで有名ですが、創業者はこの町を愛し町の特性を活かしてビジネスを立ち上げた方でした。この会社が売り出しているのはオーダーメイドのセーターで15万円します。素材にこだわり手作りの編み物として、その値段より下には設定出来ないほどの手間をかけています。それだけ良い物なので、一生物のセーターと言うことで売れ、現在は生産が追いつかないほどの注文が殺到しているそうです。
編んでいるのは地元の漁師の奥様たち、漁師の奥様は魚をとるための網を編むのが力強く上手いのだそうです。そのため編み物の内職をしている人は昔から多かったとのこと、この技術を活かしたのですね。
はじめ4人しか編む人がいなかったのですが、今では30人以上となったそうです。海外にもその噂が流れ、海外からのオーダーも多いのだそうです。

はじめは“良い物”を買いはじめますが、人間はどんどん贅沢になるから、良い物だけでは物足りなくなります。そして、ストーリー(エピソード)を買うようになります。

「ストーリーを買う」と言うのは、村上隆著書の芸術論でも似たようなことが書かれていました。
そして魯山人の芸術の完成はまさにストーリーにありました。単品ではない、魯山人は料亭と言う場で自分の陶器だけで食事をする時間さえも加え、場、物、時、人、それらが全て揃わないと完成に到達できない芸術の世界を人々に与えました。

“良い物だけではなくストーリー(エピソード)を買う”

まさに着物はその最たるところがあります。100年前の着物だと言えば海外の人はそれだけですごい価値のあるものだと勘違いしてしまいます。京都の職人さんが京杉で染めた、人間国宝が織ったと言えば、良い物であるかの前に、ストーリーで買おうとする人がいるのも現実です。

着物はそれが過剰になりすぎた反面、良い物でもない、ストーリーもない、名称が“きもの”と言うだけの物がはびこりはじめたりしている問題が見え隠れしています。
ストーリーは行き過ぎてもいけないと言うのが、着物において重要なターニングポイントになるように思いました。 

つまり、今回ご紹介されている高橋さまの記事である、「本物は否定されない」
この一言に戻るのではないのかなって思いました。

本日は、3月の着物ファッションショーをお手伝いしてくださるお二人が打ち合わせで家にお越し下さいました。
一人は桜餅ときな粉おはぎ、そしてもう一人はクルミのパウンドケーキを持って来てくださいました。
とても美味しかったです。ありがとうございます!

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