4/10/2015

大徳寺の高桐院は完璧な美しさでした

3月28日に引き続き、29日も東京から京都に私に会いに来てくださいました淑女さんと京都観光をご一緒しました。29日に行ったのは大徳寺です。淑女さんのご主人の伯父さんが住職をつとめたこともあり、墓参りをしました。関係者しか入れない利休のお墓があるところで、私は利休のお墓を見たのははじめてでした。新しい菊の花がお供えされていたのが印象的でした。
お墓参りのあとに、淑女さんが案内してくれたのが、大徳寺の中にある高桐院(こうとういん)でした。入り口の看板には高桐院について説明が次のように書いてあります。「大徳寺の塔頭(たっちゅう)の一つで、江戸時代初期の武将で茶人としても有名な細川忠幽(三斎)が、父・幽斎の弟・玉甫紹琮を開祖として(1602年)建立した細川家の菩提寺である。」最後の方には、少々興味深いことが書かれていました。「利休が秀吉の望みを断って三斎に贈ったものと伝えられている」この一文には目が止まりました。この時から利休と秀吉の確執が見え隠れしているように感じ取られました。

石畳の道を行き家屋に入るとこの景色がいきなり飛び込んできました(写真下)
絶句するほど美しい”画”に見えました。





どこからどう見ても完璧です。私の下手な写真で上手く伝わらないのが残念ですが、全く隙のない美しさです。


上の写真の掛け軸「鳥」が小鳥の絵になっていました。面白い掛け軸だなって思いました。意味は、写真の通りです。

 上の写真、水屋です。水屋がこんなに美しいなんて、もう溜息が出てしまいます。

どの位置から見ても外から家屋の中に光が届きます。気がつけば、日中は電気がついていませんでした。昔の家屋は採光の取り方が上手い!古い建物の構造から学べることって沢山あるかもしれないですね。この日は雨の日でしたが、この明るさです。自然光の適度な明るさは気持ちが良いです。
上の写真は、ご一緒させていただきました友人の淑女さんです。とても似合っています。

 迫力を感じる茶室。神聖な気持ちにさえなりました。

美しいという言葉を使い過ぎてしまいますが、日本でしかあり得ない美しい庭ですね。



ここで茶会が行われたら素晴らしいだろうなって夢見心地に思いました。
禅では「夢」と言うのはあの世のことを言うそうです。
「夢」と言う掛け軸がかかっていて、そのように解説いただきました。

「夢」って、そうですよね、禅に限らずちょっと「現実」とは違った感じではありますね。夢見心地だったとか、現実的(本当)ではない感覚を得た時に言う言葉のようで、、、。
アメリカだと、「夢」と言えば「希望」「目標」「開ける未来」と言った現実的な感覚ですが、単語の意訳って難しいですね。
この世界観を海外の人に伝えることってなかなか難しいとは思いましたが、後日頑張って英訳の方のブログに高桐院のことは立ち上げようと思います。

なんて素晴らしい世界が存在しているのでしょうね。
高桐院は完璧すぎて、現実に見て来た世界ではないような感覚さえありました。
まるで夢見ていたような感じです。

高桐院を出ると大徳寺では利休忌の茶会が行われている時期で、写真のように着物姿の人を沢山見かけました。

2 件のコメント:

  1. hana@autism22015年4月10日 9:12

    日本に滞在してらしたのですね。京都には日本にずっと住んでいる私たちでも知らないような、素晴らしいところがたくさんありますね。
    私、ちょうどその頃は5日間ほど、東京都内(夫の実家)に滞在していました。都合さえ合えば、Hiroさんに私もお会いしたかったです。声かけて下さったら、良かったのにー。
    ブログへの非公開コメント、ありがたく拝読しました。非公開ゆえお返事も書けず、こちらにお邪魔しました。今後ともよろしくお願いします。

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    1. hanaさん、コメントありがとうございます!そして、会いたいと思ってくださったなんて嬉しいです。東京にも滞在していたので、勇気を出して声をかければ良かった。高桐院、hanaさんそして双子君たちに見せたい風景の一つです。hanaさんのブログを読んで泣いてばかりいて、沢山の人に読んでほしいと号泣しながら書いているコメントだったので、お恥ずかしくて非公開コメントにしてしまいました。でも、hanaさんのブログを読んでの涙は、気づきの涙です。決して悲しいとかそう言う涙ではなくて、慈愛と言うことが本当の意味で分かる時に出会える涙です。hanaさんのブログに出会えて良かった。こちらこそ、今後とも宜しくお願いします。

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