4/11/2015

興福寺の阿修羅


4月1日、奈良に興福寺の阿修羅を見に行きました。現在、国宝館に展示されています。
阿修羅と言う響きは、修羅場と言う言葉が多く使われるように、戦闘的なイメージですが、この興福寺の阿修羅は一味違います。(写真は、出版、東京美術「もっと知りたい興福寺の仏たち」より)

写真の本から抜粋します。
一般的な解釈の阿修羅は、「インド神話の神で、最高神の帝釈天(たいしゃくてん)に戦争をしかけるという、激しい戦闘的な神であったが、決して勝利することができなかった。それが宿命となり、阿修羅の生き方は永遠に救われることのない六道(地獄、餓鬼、畜生、阿修羅、人、天)の一つに含まれることになる。」とあります。

しかし、興福寺の阿修羅は、「戦争の神としての激烈な気性や、強い怒りの表情などはどこにも見られない。それとはまったく逆で、静けさと繊細さと敬虔さが強調されている」
と書かれていて、この興福寺の阿修羅は、「母の冥福を祈り、罪業を浄化する」とありました。「『金光明最勝王経(こんこうみょうさいしょうおうきょう)』の思想では「懺悔」が重要である。(略)光明皇后による母の冥福祈願にある。光明皇后がそのために釈迦浄土像を作ったのは、最新の『金光明最勝王経』に感動したからだ。そして、自らも深く懺悔して釈迦に帰依し、心身を清めることで亡き母の魂が極楽浄土に生まれることを祈願したのであろう。」

(興福寺の)「阿修羅は特定の者に視線を向けてはいない。憂いを含んだ眼差しはもっぱら自分に向けられている。ここでは阿修羅自身が懺悔の手本を見る者に示している。それは、戦争を繰り返した自らの罪深い業を懺悔しているようだ。(略)
静かに自分を見つめ懺悔を繰り返す。その心の微妙な動きが厳粛で敬虔な表情を生んだのであろう。深く繊細な心理がこれほどにまでに見事に表現された例はかつてなかった。」

目の前の興福寺の阿修羅を見て、言葉が出てこないほど感動しました。

ウィッキペディアには、阿修羅について、興味深い解釈が書いてありました。
「阿修羅は正義ではあるが、舎脂が帝釈天の正式な夫人となっていたのに、戦いを挑むうちに赦す心を失ってしまった。つまり、たとえ正義であっても、それに固執し続けると善心を見失い妄執の悪となる。このことから仏教では天界を追われ人間界と餓鬼界の間に修羅界が加えられたともいわれる。」
本にも書いてありましたが、深い精神性の仏像なのですね。
「正義であっても固執し続けると善心を見失い妄執の悪となる」この一文は、初期仏教の伝道をするスマナサーラ長老著書の本でも良く見かける説でした。

こんなに高い精神性が奈良時代に存在していたのですね。それとも奈良時代だからこそ、精神性が高められたのかな?
阿修羅が展示されている国宝館は、偶々混んでいなかったので、向き合って見ることが出来ました。何か自分が抜き取られ宇宙の果てしないところに行ってしまった感覚さえ得ました。

とは言え、館内で双子たちが薬師如来坐像を見て、「怖いよー」とビエーン・ビエーン泣き出したので、直ぐに退散いたしました。
でも、一瞬でも阿修羅と向き合えて良かったです。
仏像を見ると、目を合わせたくなるって私だけでしょうか?やはり阿修羅とは目を合わせられませんでした。内省の面持ちが迫力あって、どこか自分の胸もとに視線を落とされ見透かされているような気分さえなりました。

興福寺の阿修羅は凄い。そして、祈りを込めて、世界に伝えたいと思いました。

国宝館を出ると、興福寺の桜は満開でした。




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