3/23/2015

マイアミ・ヘラルドに載りました!

マイアミ・ヘラルドと言う新聞社は、フロリダで最も歴史があり、日本語のウィキペディアによると「100万以上購読されるマイアミの第一の新聞である」と書かれています。
そんなマイアミ・ヘラルドに昨日の私の着物ファッションショーのことが本日記事になり載りました。
私自身とても驚き、今回の開催場所であったマイアミ・ビーチにあるボタニカル・ガーデン(植物園)のイベントをコーディネートしてくれていたテラさんが、とっても嬉しそうにメールをくれました。
開催場所の植物園は、立地は素晴らしいのですが、植物園があることはあまり知られていない(そんなことを言っては失礼ですね)そのため、開催地が新聞に載ったことをとても喜んでくれました。
今回のお話しは在マイアミ日本国総領事館から、1月初旬にお話しをいただき、それからノンストップと言えば大袈裟ですが、

テーマを決めて、
モデルさんの人数を決め、
テーマにそったモデルさん集め、
会場の視察してファッションショーの時にどのような舞台にするのかを考え、
着物のファッションショーだけではないので、スライドで着物の歴史や文化を説明を入れてのプログラム構成を考え、
誰にどの着物を着せるのか、
プレスリリースの文面をつくることや、プレスリリースを出したり、
着物の準備、

これらを、テラさんと領事館のパットンさんと私の3人が中心で決めていきました。予算も限られバックステージの広さもなかったため、ヘアとメイクのアーティストを雇うことも出来ず、モデルさん各自で行って来てくださいということにもなりました。モデルさんたちが本当に協力的で良いお嬢様ばかりで、当日皆様きちんとヘアセットして来てくれました。

限られた条件のなかで、出来る限りのことをいたしましたが、自分の努力より、御協力や参加してくれた人たち一人一人のおかげで、こんなに素敵な着物ファッションショーになるとは思いもよりませんでした。

自分が写真をアップする前にマイアミ・ヘラルドで写真がアップされるなんて、想像しませんでした。

マイアミ・ヘラルドのページはこちらです。

後日ファッションショーの写真をアップしたブログを書きますね。

先ほどメールボックスにモデルをしてくださいましたアメリカ人の大学生からメールが来ていました。一生懸命日本語を書いてくれていました。胸がいっぱいになりました。とても嬉しいです。ありがとうございました。

着物ファッションショー前のデモストレーション

昨日3月22日に着物ファッションショーが無事に終わりました。
開催者が予測していた人数より沢山の人たちが来たため、会場が人で溢れてしまいました。大盛況は嬉しかったのですが、会場に入れなかった人たちや見ることが出来なかった人たちが出て来てしまい、大変申し訳ない気持ちになりました。
着物ファッションショーの前に、はじめに日本文化と着物について紹介し、それから帯のデモストレーションなどをしました。
着物ファッションショーの写真は後日アップしますね。

会場のボタニカル・ガーデンの理事長からご挨拶がありました。
なんと打掛を着ての登場です。
理事長が、「ボタニカル・ガーデンにはじめて来た人」と質問すると会場の多くの人が手を挙げました。この着物ファッションショーを見るために来たとのことで、会場から笑いが起りました(笑うところなのかな?)

 在マイアミ日本国総領事館の総領事の長嶋様からご挨拶がありました。私の紹介もしてくださいました。

スライドでお話しをしはじめました。着物スタイリストとしての自分の活動を元に、世界のアートシーンやファッションなどでの実際の仕事を紹介しました。その後に、着物の歴史と、そして今回のテーマである「成人式」として振袖の文化や歴史を説明しました。



帯結びのデモストレーションです。私の着付け教室に通ってくれているSaraさんが帯の説明をしてくれて、私は壇上でデモストレーションをしました。





帯を広げたら、皆様驚いていました。
そして、4m20cmもある帯を結ぶとお太鼓の形状になることにも驚いていました。

楽しいデモストレーションでした。


3/20/2015

双子たちに「ごめんね」の気持ち

着物ファッションショーまでカウントダウン状態に入り、ファッションショーが始まる前に少しスライドを使ってお話しをしなくてはいけないので、スクリーンへの出力が出来るか確認したところ、上手くいかずキーノートが使えなくて、パワーポイントに書き写し作業をしていました。徹夜作業になってしまいました。着物の準備も途中、、、やることが多すぎて、今週は子どもたちを公園にほとんど連れて行けませんでした。病院受診(言語療法の結果報告)の時しかお外に出られませんでした。
簡易的なベビーカーが壊れたので、新調したベビーカーが昨日届き、夕食後の夜の9時頃、乗り心地を見ようと双子ちゃんたちが起きていたのでベビーカーに座らせたら、二人とも大喜び!ベビーカーからおろそうとしたら、これからお外に遊びにいけると思ったみたいで、ベビーカーから降りようとせず、無理矢理おろしたら、大泣き。「もう夜だから寝ようね」と言っても、ベビーカーを引きずり回しはじめて、どんなに公園に遊びに行きたかったのだろうと思うと、ものすごく心が痛みました。あと少しで大きな仕事が終わるから許してと思っていたけど、そんな1日1日が過ぎていくことに自分も負い目を感じていただけに、急に全身から力が抜けていく感じがしました。なんだか無気力感が襲いました。
双子たちにとって大切な時期を、私の仕事の都合で一緒に遊んであげれなくて、これでは、子どもがママと一緒にいる必要な時期である意味での役目を果たしていないように思いました。
そして、昨夜夜中に、双子の一人が急に起きて、今までに見たことがないほど、感情がものすごく爆発した感じで収集がつかない様子になってしまいました。壊れたオモチャのようだという可愛い形容では表現できないほど、でも、壊れちゃったとしか言葉が思いつかないほど、嗚咽しながら泣きまくり、部屋中の電気を付けまくり、私を蹴っ飛ばし殴ッても気が済まないのか、小さなあんよで、ケリケリ蹴り〜していました。「ごめんね」と言って私まで涙が出てきました。
仕事と育児の両立って想像しているほど単純ではなくて、どちらかに負荷がかかる、子どもとママとの時間を犠牲にしながらでないと仕事なんて少しも出来ない。
胸の中は「ごめんね、ごめんね、ごめんね」を繰り返していました。
今日は、午前中に近所を散歩しました。ものすごく楽しそうに笑顔で走っては振り返る。少しの時間でもこうしていくしかないのかなって思いました。あと数日の我慢なんて、子どもには通用しないのですね。

3/19/2015

小児科医へ言語療法の結果報告

言語発達に遅れがあるので、そのチェックでの受診で病院に行ってきました。

言語療法士(スピーチセラピー)の人が言うには、このままでは普通のプリスクールに入るのは難しいのではないのかと言われただけに、落ち込むと言うより、言葉に出来るような心の整理がついていませんでした。
そのため、小児科医の先生に何を言われるのかといろいろ考えてしまって、緊張しました。受診してみたら先生からは「早い段階から対策しているから心配はない。専門医に診てもらう必要はない」と言われました。
ハテ?分からないなあ。
まあ、焦らなくてもいいのかなって思いました。私はとことん楽観的になってしまいがちです。
でも、今後については言語療法士さんからの指導内容も考慮して決めたいと思いました。

今まで言語療法を10回受けました。
最近の変化は、
「ママ」としっかり私の目を見て抱きついてきます。(昔から「ママ」とは発していましたが、それは「マンマ」ご飯のことでした。最近は、私のことを呼んでくれている様子です。)
先日は、ブランコをゆらしていると、急に「ワン・ツー・スリー・フォー・ファイブ」とカウントしはじめました。
「こっち〜、こっち〜、こっち行こう」と私の手を引っ張ります。

語彙が増えたかといえばあまり実感がないですし、英語と日本語が混じってしまい、第一言語がしっかりしないケースの恐れていた事態でもありますが、
先ずは言語とシチュエーションや伝えたいことが一致しているので、その点では良い傾向にあるとして「良し」としようと勝手に思っています。
やっぱり楽観的かな?

受診後に病院の中庭で遊んでいるところです。
噴水が綺麗なところです。


ミッキーの帽子を外したがらないので、ミッキーの耳がついた帽子をかぶったままです。


3/17/2015

歌って心に響かせることかな

歌って伝わることが大事なのだなって思いました。
歌を上手に歌えることも大切だけど、やはり心に響くことが「歌」なのだろうって、このYou Tubeの動画を見て思いました。


最高だよ!手話通訳士の紳士さんから歌声が聞こえて来るよ!
この動画2、3日前から話題に。スエーデンの歌手が歌う歌詞をこちらの紳士さんが手話通訳しているのですが、「歌手より歌が上手い」と言われるほど、手話通訳士さんのことが話題になっているそうです。

こういう動画を見ると、はじめは笑ってしまうけど、心にジンワリ、頑張ろうって気持ちになります。

3/16/2015

岡本太郎が見ていた光琳


琳派のことを調べていて、岡本太郎が光琳について語っている文面を見つけました。(見つけたと言うより、美術手帖に書いてあっただけなのですが)
もう、毛穴が全開してしまうほど、その文章に引き込まれ心が動かされました。
やっぱ凄いなって思いました。

私は、琳派を調べていて、霞んで見えた作家がいました。
逆に、琳派として見ると、引き立つ作家がいました。

この二つの違いは何かが分からないまま、岡本太郎が光琳を語る言葉に出会い、霧が晴れて行くような感じがしました。

琳派は「侘び寂び」の対極の芸術だとも言われています。しかし、そうとは言いきれない印象を「侘び寂び」が嫌いの岡本太郎は持っているのか、岡本太郎が宗達について語っているところには、宗達に「侘び寂び」を感じているように読み取れるところがありました。

全文を紹介したいのは山々なのですが、面白いと思ったところを抜粋します。岡本太郎がパリの街角の本屋のショーウィンドーで光琳の「紅白梅流水図」に出会ったところからこの話ははじまっていました。
「この優美をきわめた屏風絵は、すこしも繊弱ではない。激しく、逞しく、単純で鋭い。(略) 日本美術の一つの特性のように考えられている。描きすぎない”ふくみ”、あいまい、肩すかしと思われるような柔軟性はみじんもない。破墨の味だとか、余白の気取りなどで逃げたところはまったくありません。正面からぶつかり、ギリギリに押してくる。」

私は海外で生活するようになり、光琳のような画より、日本画の特徴としている岡本太郎が言う「余白の気取り」が多少はある方が、懐かしく温かな気持ちになります。

それについても岡本太郎は語っています。
「宗達ーたとえば源氏物語の一連の屏風などは実にたのしい。すぐれて装飾的でありながら、その中の雰囲気にひたって遊べるような気分さえします。彼の作品は緊張を感じさせない。」
「だが、光琳の紅白梅、燕子花はどうでしょう。これらの画面に観入るとき、あなたは常の生活にない緊張感を要求される。」
「(光琳の画を)絶対的に支配する画面効果のもとにあらゆるものが苛酷・無慈悲にデフォルメされ、いささかの妥協も、情的なあいまいさも見せていない。驚歎すべき非情美です。純粋とはこういうものです。人は感傷的に、情的な面ばかりでそれを考えたがりますが」

この本文を読んで、宗達と光琳の画集があると、宗達から本を開くことが多い自分に気がつきました。
こんなことを書いてしまうのはどうかと思いますが、光琳の画集は「あとでゆっくり見よう」と言う緊張感があります。疲れるというか、、、。

もし、こうしたいろんな解説や評価の文を読むことなく、何の知識もなく、突然とフロリダの街で燕子花の複製画が目の前に現れたら私はどのように思ったのでしょう。
逆に、非情なほどのダイナミックな大自然がある中で、それは日本画と言う枠を超えて、何の理屈もなく、ただただ見入ったかもしれません。論理付けようとするからこそ、自分の目が霞んでしまうことだってあるのですね。光琳を琳派として解釈の中で見ようとするから疲れてしまうのかなって思いました。でも、琳派の琳って尾形光琳から来ているって読んだことがあるしなあって思いながら、もろもろ、
たぶん、岡本太郎はそんなことを言いたかったわけではないとは思いますが、どこか、太郎さんの語りを読むと、霧が晴れた気がするのです。

庭にとても大きな蝶がいました。15cmぐらいあったと思います。午前中の陽の光が美しい時でした。




3/15/2015

琳派400年記念「きものシンポジウム」と「きものトークショー」

京都から招待され、琳派400記念「きものシンポジウム」にパネラーとして参加することになりました。
3月27日1時から建仁寺で行われます。
詳細は、貼付けますパンフレットをご参考にしてください。(画像をクリックするとおおくなります)

もう一つ、3月28日にギャラリー「空・鍵屋」で、トークショーに参加します。
日本で大変人気な着物スタイリストの大竹様とお話しをいたします。
詳細は、貼付けますパンフレットをご参考にしてください。(画像をクリックすると大きくなります)

弊社ニューヨーク発でプレスリリースしたところ、どちらもGoogleニュースに載りました。
開催地京都での催しが海外メディアにも注目されることを願っております。
プレスリリースは、こちらです。
建仁寺「きものシンポジウム」prlog.org/12434067
ギャラリー空・鍵屋「トークショー」prlog.org/12435503

3/13/2015

ダメなママ

昨夜の寝かしつけは大変でした。
最近、仕事の忙しさでピリピリしていて、それが伝わってしまったのか双子の一人が壊れたかのようにすっごい不機嫌。仕事のことを一端手から離し、抱っこしてみました。
そうしたら「機嫌がなおった!」なんてことは起らず、頭突きされました。
思いっきり頭突きです。星がチラホラって本当にあるのですね。私の顔の片側は青タンでもできたのではないのかと思いました。

育児書を読むと、モーセが海を割ってしまうほどの道が開けた気が一瞬するのですが、「そんな簡単じゃないよーん」って落ちばかりです。

そうそう、話は戻り、昨夜の寝かしつけ、私まで泣いていました。
眠たいのに寝たくないのか、ものすごい勢いで泣いてきた双子の一人。双子のもう一人がウトウトしていたので、こちらを先に寝かせてしまおうと、泣いている子を放っといたままもう一人をトントンしてあげていたら、泣いている子の泣き声がどんどんボリュームアップ、ドアは蹴るはですごいのなんのって、そしたら、トントンしていたもう一人の双子が逆に目が冴えてきた様子でキョロキョロ、オロオロしてきました。
ウウウ、、、ママも涙が出てきました。

放っといた泣き止まないもう一人の子を抱きかかえて、バタバタ何度も蹴られ、
「そんなにダメなママかな。頑張っているんですが」と思い、涙がシトシトながれて止まりませんでした。
そうしたら眠りかけていたもう一人も泣き出して3人で泣いていたら、泣き疲れた暴君はヒクヒク言いながら眠ってしまいました。いつも寝顔が可愛いと思うのですが、昨夜の寝顔は不満げな眉間に皺でも寄せた形相で「寝てなんてやらないよっ」と踏ん張っているのかのような寝顔でした。

今週月曜日に、突然「明日クライアントへのプレゼンがあるから着物のサンプル画を8着至急送って」との相談が入り、着物の写真をいくつか撮っては送信などをしていました。仕事が成立するのか、しないのかも分からないのに、それでも仕事を得るための前段階も仕事の内で、それなりに時間や労力を費やすことがあります。自分がフリーで仕事をしていて驚いたのが、形になっている仕事は、大袈裟に言えば氷山の一角で、ご依頼成立までの経過の方が費やす時間や労力が多いことでした。その経過が無駄に終わってしまうこともありますが、それでも、こうした経過を踏んでいかないと次へと道は開かれないのですね。
そして、この仕事は昨日連絡が入り没となりました。イベントの企画自体が変更になり着物が必要がなくなったそうです。頑張ったから結果が確実に出る訳ではない厳しい世界。ダイレクトに受け止めなくてはいけない現実。

育児も仕事も似ているのかな、、、。

今日は、なぜか機嫌が良い双子たちです。ちょっとしたことでもオーバーリアクションをしつづけて、「ママはあなたたちのことしか見ていませんよー」との姿を見せていたら、上機嫌じゃない。あれ?意外と単純な子たちなのね。

沢山のお友だちが出来ますように。
写真は、公園で年長の子たちに混じって遊びたがる双子ちゃんたち。
相手にされないことが多いです。

3/12/2015

銃を持った警察官が家に

お昼になりかけた頃、ダイニングのお部屋にいたところ、(写真下)この窓から警察官が通り過ぎるのが見えました。(*写真は昔の写真です)
窓の外は私の家の敷地内です。えええ、なに?なに?なに?と思い、身体が硬直。血の気が引くってこんな感じでしょうか?
キッチンには裏庭に出るドアがあるのですが、キッチンのドアを開けようとする「ガチャガチャ」とした音がダイニングに響いてきて、逆にキッチンの方に行くのが怖くなったのですが、裏庭を徘徊している様子なので、キッチンに行きガラス張りのドアからそーと外の様子を見てみました。そしたら警察官が銃を片手に持って裏庭のガレージ(車庫)のドアを開けようとしていました。私、ドアを開けるのが怖くて、キッチンの硝子張りドアからその警察官を呆然と見ていました。もう身体が硬直して動かない、、、。な、何が起っているのだろう?下手にドアなどを開けたらその音に反応してこちらに銃が向くかもしれない。このまま立って自分の存在に気がついてもらうしかないのかと立っていました。そうしたら、警察官が私に気がついて、私の姿を見ると銃を銃入れのポケットにしまってくれました。銃をしまうまでは、私もドアを開けるのが怖かったので、銃をしまうまで身動き一つしないでいました。

ドアを開けたところ、警察官は笑顔で私に「はーい、こんにちは。ストローラー(乳母車)が、家の前に置いたままになっていたから、何かあったのかと思って、It's OK?」

イッツ・オ〜ケ〜って、OKに決まっているがな、、、。ストローラーを前庭の玄関先に置きっぱなしにしただけで、警察官が銃をかまえて家の見回りしちゃうなんて、えええー、驚きでいっぱいでしたが、
なんだか事務的に、
「はい、直ぐにストローラーを片づけます。子どもも全員無事です」と答え、玄関へとまわりました。
そ、そしたら、玄関のドアを開けると、前の通りには2台もポリスの車が止まっていました。
「ちょ、ちょっと、待ってよー。これじゃ、この家に凶悪犯罪者でも侵入したかのようじゃない!」
もう、キョトンとしてしまいました。
写真に撮りたい光景でしたが、でも、怖いので撮りませんでした。

こっちの警察官は二人ペアで行動すると聞いたことがあるけど、ポリス車2台で行動?
それも、私の家が問題がないと分かっても、しばらくポリス車が止まっていました。もしかして、何かあったのかな?って思いながら、今頃になり足がガクガクしてきました。

私が住んでいる町は決して物騒なところでも治安が悪くもないはずなのですが、
家の近所には、次期大統領選に出馬を表明しているブッシュさんが住んでいるようなところです。近所のゴルフ場では、41代大統領のパパブッシュと、43代大統領のブッシュと、ご近所の元フロリダ州知事のブッシュさん(ブッシュの弟)が3人でゴルフをしているということが普通にあるそうです。
町の景観は美しく維持され(家の改装するにも市の許可がいるほど面倒な町でもあり)、治安の良さも維持しているのか、兎に角警察の数が多く、小さな車の事故でも、警察が直ぐに飛んできてくれます。ニューヨークでは3時間ぐらい平気で待たされた人の話をチラホラ聞いたことがあるので、アメリカってそんなものだと思ったら、このエリアは信じられないほど警察の対応が早いです。

でも、ストローラーを庭先に置いたままでいただけで、警察官が銃をかまえて家を見回り!?
やっぱり、ちょっと考えられないことで、もしかして本当に脱獄犯でもこのエリアにウロウロしているのかな?
今からネットでニュースでも見てみよう。

3/11/2015

何のための引っ越しだったのだろう

子どもたちのために引っ越しをしたのに、
お庭をかけまわるなんて出来る状態に未だなっていなくて(駆け回る前に子どもたちの成長の方が早く、彼らにとっては庭が駆け回る広さがあるお庭ではなくなっていくような)、
全米最大ではないかと言われている野外コンサート(ミュージックフェステバル)が毎年近所で行われるので、その大騒音から今年は逃れられると引っ越しをしたことを喜んでいましたが、今年に限ってその時期に私の仕事で家族連れての遠方に出張です。
「なぬ、別に引っ越す必要なかったんじゃない」みたいな感じです。
犬をかって、お庭をかけまわり、子どもたちも追いかけっこ、なーんて夢見ていますが、
そんな余裕な生活にはなかなか行き届かず、そうこうしているうちに、幼稚園に行くようになれば、家にいる時間なんて減ってしまう。
改装工事の大工の人たちとはまるで家族の一員のように、そこにいても違和感なく、目の前で双子と私3人で昼食を黙々と食べています。
公園に出かける時なんて、大工の人たちに「じゃ、行ってきます!帰りは夕方になるかな」と、まるでお留守番の家族に話しかけるような具合です。
少々、いや大分、夢見ていたこととは離れている状況で、
何のための引っ越しだったのだろう?とフト思うことがあります。

そんなんでも、裏庭へと通じるフレンチドアがやーーーっと完成しました。
「こらー、脚立にのるなー!」(双子の一人に叫んでいるところ)

いや〜、工事が終わってから引っ越そうなんて思っていたら、いつまでも引っ越しはありえなかっただろうなぁって思います。無理矢理住んで「やっとこさ、どっこいしょっ」的な大工さんの周りをウロウロしてアレコレけしかけては何気なく(何気なくではなく列記とした重圧だったかも)作業をすすめていただくように(何気なく)見張っていました。あくまでも何気なく。
少しだけだと思いますが、私たちの存在がいることで、逆に作業が進んでいたことと思います。なかなかフロリダの感覚にはなれず、私はこの世で一番せっかちな人ではないのかと思うほどです。日本ではノンビリしていると言われていたのですがね。
工事が終わるまで入ることが出来なかった一部屋がやっと使えるようになり、双子たちが一気に押し寄せ、遊びちらかしはじめましたが、そんな姿を見ても「これだよ、これ!」と、引っ越しして数ヶ月も経ちやっと出会えた一瞬でした。シミジミ。

実はこれで全て終わった訳ではないので、まだまだ改装つづく、つづく、つづく、、、。

3/10/2015

失敗作?ヘアカット編

なかなか上手く髪のカット出来ました! が、しかし、
後ろの片側だけ、円形脱毛でもしているのかと思うほど、一部刈りすぎてしまいました。ごめんなさい、、、。
一番はじめにカットした双子の一人には、いつもこのように微妙な失敗が見られます。二人目からは失敗することが少ないです。

日本からワザワザ取り寄せたこちらの商品(写真下)を買ってからは、家族3人(双子+夫)は、私がヘアカットしています。*私だけは今でもちゃっかり美容院に行っております。

3番目にカットされる順番がまわってきた夫が、双子の一人の刈りあげ過ぎの失敗を知っているだけに、「長めに切ってね。ゆっくり切ってね。ちゃんと説明書を読んでね、、、」と繰り返し言っていました。
夫の髪を切るのは、上手く出来た方だと思います。写真をとらせてくれないので、ご本人は出来映えをどう思っているかは別として、、、。
子どもたちのヘアカットは、カットする瞬間は暴れるのでとんでもなく大変だけど、失敗しても文句言われないから気持ちは楽です。

3/09/2015

時差ボケぽいまま

昨日からアメリカは夏時間になりました。
双子の一人は、朝の10時に起きてきて、もう一人は10時50分に起こしに行ってやっと起きてくれました。
1時間進んだ23時間と言う昨日1日を過ごして、夜11時頃まで眠れない双子たち。今朝も遅くに起きるのは当然ですね。
たった1時間の違いで、この時差ぽい感じ何なんでしょう。
時差解消には、朝の太陽の光をあびるのが良いとか言う話を聞いたことがあります。
太陽の光を求めてお庭に出ると、草木がボウボウどころか、芝がはげている部分もあります。(写真下)
改装工事が終わりましたら、庭の手入れをしようと思っていますが、でも除草剤もしていない手入れもしていない庭には、リスや鳥や蝶が沢山来ます。本日も綺麗な蝶が飛んでいました。鳥も真っ赤なカーディナルや青色の鳥が来ます。まるで二羽ならぶと信号機のような色の配色ですが、こうして庭を手入れしないのもいいものだと少し思います。
上の写真は、単なる雑草ですが、可愛いお花が咲いていると思って見ていました。
本当は、自然な姿が美しいのではないのかと思う時があります。

なんだか、ボーとした取りとめない内容のブログになりました。
そんな時差ボケぽさを引きずったまま、本日も、早い夕方をむかえようとしています。

3/08/2015

今日から夏時間、それとマンゴの木?

アメリカは、今日から夏時間です。
昨夜の土曜日、久しぶりに夜更かししていました。
夜中の1時を過ぎて、「2時には寝よう」と思って仕事関係の書類の片付けなどをして、寝る前にメールチェックをしようとパソコンを開くと、もう3時を過ぎていました。
30分ぐらいしか過ぎていないと思っていたのに、パソコンの時計が壊れたかと思いましたが(インターネットに接続されている時計が間違うわけないですね)
時間があまりに早くに進んでいたので、思い当たらない時空が存在していたかのような不思議な感じでした。

翌朝、夫が時計などを合わせて「今日から夏時間だから一日が短いよ」と言うので、深夜に時間をワープしたように思ったのは単なる夏時間に変更したからでした。夏時間は、深夜の1時から2時に変わる時に3時になるのだそうです。「なるほど」でした。

夏時間は1時間進み、本日は1時間少ない1日です。
そのため、現在夜の9時50分ですが、本当なら8時50分、子どもたちがまだまだ目がランラン。子どもを持ってみてから、このたった1時間の違いがものすごく辛いです。
「もうすぐ夜10時になるから眠ろうね」と子どもたちに言っても、私自身内心で「まだ夜9時になる前だものね。いつも10時頃にならないと眠らない双子たちにとっては眠れないのも仕方がないよね」と半分諦めの気分で、寝かしつけにはいるところです。

夏時間とは関係ない話ですが、庭にマンゴがなっているのを夫が発見。(上の写真)
本当にマンゴなのかな?と私は思うのですが、夫は「葉っぱがマンゴの木の葉っぱだもの」と言っていました。
まだまだ他に家に植えられている木が何かが全て判明していません。前に住んでいた人は、フルーツの木を沢山植えたのだそうです。前に住んでいた人の息子さんが「マンゴはスーパーで買ったことないよ。庭のマンゴ食べてた。珍しいマンダリンオレンジの木もあるんだ。隣の家のアボガドが家の敷地に落ちたのは食べて良いんだよ。アボガドもスーパーで買ったことがないよ」と話してくれました。
本当に、隣の家の木から落ちたアボガドを私たちが食べちゃっていいのか疑問に思ったので(落ちたアボガドを拾って隣の家に返しにいくなんて面倒すぎるし)調べたところ、家の敷地に落ちたアボガドなどは、落ちた側の家の人がもらっても良いそうです。
でも、庭に落ちているアボガドはリスが食い散らかしていることが多く、食べる気がしない私たちです。最近、リスが可愛く見えません。
この木 なんの木 気になる気になる♪
マンゴになるかな?

出会い

私の着付け教室に1年以上前から通ってくれている生徒さんで現地アメリカ人の女性の方がいます。本日は、お稽古場に見学の人が来ていて、見学に来ている人から生徒さんに何か質問をしていたみたいで、その生徒さんが返答している内容に驚きました。

「Hiroのことは私が高校の時から知っていた。ニューヨークまでレッスンを受けに行きたいと思った。でも出来なかった。そしたらフロリダに来ていることを知って、「信じられない!」と思って、通いはじめた」私の和訳が変ですが、彼女の「信じられない!」は、「オー・マイ・ガッド!」みたいな胸に手を当てて感動的に話してくれていました。

彼女は、車で片道6時間もかけて私の着付け教室に通ってくれています。
フロリダは広いのです。でも、私だって「信じられない!」高校生の時から私のことを知っていてくれたなんて、「オー・マイ・ガッド!」です。

とても、とても、嬉しかった。

私は、着付け教室の生徒さんたちや着付けのご依頼をくださったお客様たちに、
−弊社を何処で知りましたか?何で知りましたか?インターネット?紹介?誰の?
などなど、その手の質問をしたことがありません。少しは営業熱心に、どういう媒体で弊社を知ったのかを聞けばいいのですが、、、。 

なので、今回彼女が他の人と話している内容で、私のことをいつから知っていたかをはじめて知りました。

そんなに昔でもない私がニューヨークに住んでいた時に、彼女は高校生だったんだってことにもちょっと驚きました。
アメリカの高校生が私のことを見て、「着物を着てみたい」「習いたい」と思ってくれたのなら、それは想像していなかった信じられないほどのことです。

こんなに素敵な「出会い」があるのだなって思いました。そして1年以上気がつかなくてごめんね。

本日、着付け教室の間、公園で子どもたちを夫が見ていてくれました。
その時の様子の写真です。このスベリだい、安全ぽくって安心感があったとのことでした。 

3/05/2015

余裕がなくなってきている

朝から頭が痛いですね。
なんだか、余裕がなくなってきています。
仕事、育児、二言で終わってしまいますが、その仕事と育児に追われ、本日も気がつけば夕方。
今月末に琳派400年記念事業にかかわらせていただきますので、琳派の本をいくつか読んでいます。「美術手帖」をチラ見ですが本を開いてみると、大ショックなことが、、、。文字が読めない!漢字が読めないのではなく、視界がボヤケて焦点が合わない、、、こ、これって、もしや老眼!?それとも疲れから来ているのかしら??ということがありました。

今回、琳派記念事業とは別に、マイアミビーチで行う着物ファッションショーの仕事を抱えています。モデルとして出てくださる人たちの全ての写真がそろったので、着物と飾り結びなど考えていました。こういう仕事準備の時間は大好きですが(まるでリカちゃん人形にお洋服着せているみたい)、案の定、お子ちゃまたちが「僕たちの世話をしろ」と言っているかのように邪魔に入り、全く集中出来ず。
それでも、子どもたちにテレビを見せる時間になると、その束の間に、ランウェイを歩く順番なんか考えていました。私の頭の中ではランウェイを歩くモデルさんたちで大盛り上がりをしている最中に、子どもたちが私の想像の世界をぶち壊しに来て直ぐ中断。

ファッションショーの日までに、私は準備が出来るのかな?と、ちょっと心配になりつつ。
当日12人のモデルさんたちを一人で着付けしないといけないので、事前に考えておかないといけないことがいっぱいで、、、。でも、このように事前にいろいろ決めていても、その通りに進むとは限らず、
当日、着物やランウェイの順番でモデルさんたちの不満の声がチラホラ聞こえてくるかもしれないし(これが一番恐ろしい)

昔のことを思い出しましたが、アメリカ最大手の電話会社の広告で着物スタイリストをした時に、子どもちゃんたちに着物を着せていたら、違う子が拗ねて涙目になってしまって、「赤い着物が着たかった」とか、お子様に付き添っていたお母様が子どもに優しく説明してあげて大泣きまでには至りませんでしたが、「フーっ、良かった」と思って他の人の着付けをしていると、「ささるような視線を後ろで感じるのだけどー」と振り返ると、泣くのをおさえながら私を睨むピンクの着物を着たお子様がいました。「ピンクも赤もそんなに違わないじゃない、許してよー」と思いながら「あの目線は怖かった」と言うのを思い出しました。
着付けだけの仕事なら、ご本人が選んだ気に入った着物を着付けるので、このようなことはないのですが、着物スタイリストとして広告やファッションショーや雑誌などの仕事をすると、モデル選定やその選ばれたモデルさんに似合う着物を選びなどもするので、上に書いたようなことも起るのですね(涙目までになったのは一回だけでしたが)。子どもって実に正直。今回は、七五三衣裳は混じっていませんが、モデルさんたち、楽しく仲良く当日ご一緒に仕事しましょうね。

全くブログの内容と関係ありませんが、子どもって、並べるのが好きですね。
モンテッソーリーによると、「子どもの秩序」らしいです。

3/04/2015

老いは一気に来るらしい

先月、とあるランチの席に招かれ、その席で隣の席になった78歳の淑女が「老いは徐々にではなく、ガターンと突然くるのですよ」と目の前の席にいる紳士に話していました。紳士さんは「その波が今僕に来ています。もう61歳ですから」と言いました。そうすると淑女が「あら、お若いじゃないですか。私の娘と5歳しか変わりませんわよ」

と言う会話が聞こえてきました。その78歳の淑女は、どこからどうみてもその年齢には見えない、シャキッと背筋が伸び、短髪のヘアスタイルもとっても素敵で、どこぞのデザイナーかと思う風貌です。実際に芸術方面で活動している方です。この淑女さんと私は昨年マイアミで開かれたメルセデスベンツのファッションウィークにご一緒したことがありました。ファッションショーの席でも一際違った格好良さを持った方でした。

昨日は、ファッションショーの準備で音楽選びをしようと思いましたが、ベ◯ッセーのベ◯ーチャレンジから送られて来たオモチャが煩くて煩くて、、、「ハンドル♪ハンドル♪ブッブー♪ブッブー♪はい、どうぞっ」が流れつづけ、子どもが楽しんでいるので、取り上げるわけにもいかず、音楽選びに全然集中出来ないでいました。
別室に移動して作業したいのですが、目の行き届かないところに行って子どもに何かあったらと思うのと、それと子どもたちによって家具がメチャクチャにされていたらとの心配もあり(既に革張りのチェアが革がはがれスポンジが見え、電車のオモチャをギーコ・ギーコしてフローリングが傷だらけ、、、)もう、恐ろしくて目が離せないです。

電話打ち合わせも先方様に「騒がしい中での電話ですみません」とヘコヘコしながらの打ち合わせ。打ち合わせが中断することも多く。
モデルの子たちの写真がポロリポロリとメールで送られて来ていたので、どの着物にしようかとメモに書きはじめると、そのメモを子どもらがグシャグシャ、満面の笑顔でグシャグシャ。
 昼食つくらないと、
 着物のほころびを縫わないと、半衿に10個芯を入れないと、
 次の現地打ち合わせの時は、ベビーシッターさんに子どもたちを見てもらわないといけないからベビーシッターさんに連絡しないと。チッ連絡つかないよ。
 言語療法士さんが来てしまう、
 改装工事の大工さん来るって言っていたのに来ないなあ、
 公園連れて行かないと、
 夕食つくらないと、
などなど、、、
普通の日だったと思える日も文字にすると少しテンパっている私の一日の様子でした。テンパっているだけで、あまり何事も進んでいないのですがね、、、。

そして昨夜フット鏡を見たら、私の顔、おばさんを通り越して一気に初老の風貌になっていました。ゲッソリ、だけど、体型はデップリ。
一気にガターン、ドカーンと老いへとくだってしまったような感じでした。
「本当だ、老いは一気に来るのね」と淑女さんの言葉を思い出し、それだけストレスが多い日々だったのかなって思いましたが、
考えてみたらモデルの16歳とか17歳の子の写真ばかり見ていたので、目が変になっていたのかもしれません。
一気に来たのではなく、前からおばさんだったのね。改めて実感しただけなのかも。アンチエイジングを気にしてシャキッと素敵な淑女さんみたいに年齢を重ねたいですね。

3/03/2015

もう夕方

気がつけば、夕方。
双子ちゃんたち、ごめんなさい。本日、良い天気なのに、公園に行かなくて、、、。
美術手帖と言う本のシリーズ「琳派」を読んでいたら、あっと言う間に時間が過ぎてしまいました。これは面白い本でした。

昨夜は、ちょっとした衝撃的なことがありました。
素晴らしい女の子が私の着物ファッションショーに出演したいとメールをくれました。ニューヨークファッションウィークに出ていたり、そしてTeen Vogueでモデルをしている子でした。その年齢には驚きました。でも、素晴らしい雰囲気の子で、しっかりしていて、プロ意識が強くて、この子を使ったファッションショーをしたらと想像しただけで、眠れないほどいろんなアイデアがでてきました。それだけ魅力的な子でした。

そのため、お寝坊した上に、
少しだけ開いた美術手帖の本に見入ってしまったり、
子どもちゃんたちが好きなテレビ番組を見ている間に、マネキンに着物を着せて、昨夜私に問い合わせてくれた女の子の魅力を活かす着姿にどうしたらいいのか考えたり、

今日はお昼ご飯も手抜き料理でした。手抜きだろうが手がこんでいようが食べっぷりは変わらない二人にちょっと複雑な気持ちだったりします、、、。
公園に連れて行かなかったことを胸が痛く思いながらも、子どもってどこでも楽しいことを見つけるのですね。
気がつけば夕方、気がつけば、、、
洗濯カゴに入っているお二人。電車ゴッコかしら?

こんな日もヒョウヒョウとしているお二人には、どこかホワ〜ンとした気持ちにさせられます。癒し系キャラかしら?

3/02/2015

諦めること、そして選択していくこと

一昨年、陸上競技選手だった為末さんが書いた本「諦める力」を読み、この本に出会って良かったと思える一冊でした。
「諦める」と言うと、挫折感、負け感がある響きですが、この本に書いてる内容はそうした挫折感や勝ち負けとは違い、自分を知り、状況を判断して、現実を受け入れ、諦める力を養うことによって、人生をより良くするための選択する道が見えてくるのではないのかと言うことでした。(個人的にそのように読み取れました。)

3年ほど前、振り返ると”選択”と言う日々だったと思いました。そして選択したことの責任が重いと感じることがありました。
写真は、ある化粧品会社の140周年記念イベントで着物での演出すべてを任された時の仕事での場面です。双子出産予定日の1ヶ月前でした。その上、切迫早産と診断され危機的状態を脱したばかりの時でした。(話の流れとは関係ありませんが、この妊婦さん用の服のデザインが巨大なお腹を強調しなくて良い服でした。)

この仕事が来た時に、切迫早産の危機を脱したばかりの時だったので、主治医に「仕事をしていいですか?」と聞くと、「過激な肉体労働でなければOK。あなたが決めること」と言われました。あまりにアッサリしていて、仕事を諦めるのもなにも、逆に仕事を断る理由がなくなってしまった気分でした。日本の双子妊婦さんのブログを読むと切迫早産と診断された時点から管理入院していると書いている人を見かけていただけに、「私の主治医ったら、、、(浮かぶ言葉無し)」でした。でも、この主治医は、双子専門のお医者さんで、評判では無愛想だけど見逃しがない名医として有名でした。切迫早産についての情報に振り回されるより、個人差もあるので私を実際に診てくれている主治医の言うことを信じるしかなかったのですが、次々押し寄せてくる心配の気持ちの中で、自分が”選択”したことの責任の重さを痛感いたしました。
いろんな人が当日仕事を手伝ってくれて、荷物を持ってくれたり、着付けが終わったら「後は任せて!」と、私に一度家に帰り安静にする時間まで作ってくれました(イベント会場がニューヨークのダウンタウンで家まで車で15分ほどのところでした)。私が現場にいない間、着崩れたらお直しをしてくれた私の着付け教室の生徒さんたちがいてくれました。本当に忘れられないことで、今思い出しても胸がいっぱいになります。心から感謝しています。3月の着物ファッションショーの準備で過去の写真を振り返って見ていたら、この写真が出て来て、少し目が潤みました。

当時、子どもが無事に産まれたら、ベビーシッターさんに預けたりして少しは自由に仕事が出来ると思っていましたが、いえいえ、妊娠中より双子育児は想像以上に大変でした。「ベビーシッターに預ける」「託児所に預ける」決して簡単なことではありませんでした。
言語発達の遅れなどの問題も起り、言語療法を受けなくてはいけなかったり、仕事も次々入って来て、いくつか諦めないといけない仕事も出てきました。
子どもとは3歳までは一緒に過ごそうと思いましたが、今月予定されている着物ファッションショーの準備が思うに出来なくて、また現在もう一つ大きな仕事を抱えていて
「もう、プリスクールに入れた方が私と子どもにとってお互いに良いのではないのか」と思いはじめていたところ、本日、公園から帰ってくると、「抱っこして」と甘えてきました。
胸がキューン!!もう抱きしめてあげたら涙が込み上げてきました。泣かなかったけど。
完璧なママではありませんが、子どもが甘えたい時に側にいてあげる、そんなことしかしてあげれないけど、、、あと1、2年もすれば嫌でも幼稚園に通わせないといけなくなるのだから、あと少し頑張ろう!って、諦める力とは何も関係ない結論の本日のブログになってしまいました。
3年前の写真を見ながら、「諦める力」と同じに「選択の力」って大切だなって思いました。

この「諦める力」の本に、私の心にズッシリ来た言葉がありました。
「自分が自分にした約束だけは守れ」みたいな言葉(ちゃんと抜粋していないので、そんな言葉があったなあって言う感じに書いています)
人はちょっとしたさじ加減の違いで脆く崩れていってしまうこと、が書かれていました。これは奥深い言葉でした。
この写真は上記のイベントでメイクを担当してくれたメイクアーティストのアイさんにオホホ笑いしておしゃべりしているところです。
どうみても、切迫早産で危機的状態を脱したばかりだとは見えない様子の私。主治医は噂通り名医だったのかな!?

3/01/2015

朝日新聞「着物に明日はあるか」の記事を読んで

3月1日付の朝日新聞のグローバルで着物の特集をしていました。 http://globe.asahi.com/feature/2015022600008.html
高橋洋文さまが取材に答えた記事「本物は否定されていない」が載っていました。

この記事を読み、違った角度からですが「気仙沼ニッティング」の話を思い出しました。気仙沼と言えば、被災地であるところで有名ですが、創業者はこの町を愛し町の特性を活かしてビジネスを立ち上げた方でした。この会社が売り出しているのはオーダーメイドのセーターで15万円します。素材にこだわり手作りの編み物として、その値段より下には設定出来ないほどの手間をかけています。それだけ良い物なので、一生物のセーターと言うことで売れ、現在は生産が追いつかないほどの注文が殺到しているそうです。
編んでいるのは地元の漁師の奥様たち、漁師の奥様は魚をとるための網を編むのが力強く上手いのだそうです。そのため編み物の内職をしている人は昔から多かったとのこと、この技術を活かしたのですね。
はじめ4人しか編む人がいなかったのですが、今では30人以上となったそうです。海外にもその噂が流れ、海外からのオーダーも多いのだそうです。

はじめは“良い物”を買いはじめますが、人間はどんどん贅沢になるから、良い物だけでは物足りなくなります。そして、ストーリー(エピソード)を買うようになります。

「ストーリーを買う」と言うのは、村上隆著書の芸術論でも似たようなことが書かれていました。
そして魯山人の芸術の完成はまさにストーリーにありました。単品ではない、魯山人は料亭と言う場で自分の陶器だけで食事をする時間さえも加え、場、物、時、人、それらが全て揃わないと完成に到達できない芸術の世界を人々に与えました。

“良い物だけではなくストーリー(エピソード)を買う”

まさに着物はその最たるところがあります。100年前の着物だと言えば海外の人はそれだけですごい価値のあるものだと勘違いしてしまいます。京都の職人さんが京杉で染めた、人間国宝が織ったと言えば、良い物であるかの前に、ストーリーで買おうとする人がいるのも現実です。

着物はそれが過剰になりすぎた反面、良い物でもない、ストーリーもない、名称が“きもの”と言うだけの物がはびこりはじめたりしている問題が見え隠れしています。
ストーリーは行き過ぎてもいけないと言うのが、着物において重要なターニングポイントになるように思いました。 

つまり、今回ご紹介されている高橋さまの記事である、「本物は否定されない」
この一言に戻るのではないのかなって思いました。

本日は、3月の着物ファッションショーをお手伝いしてくださるお二人が打ち合わせで家にお越し下さいました。
一人は桜餅ときな粉おはぎ、そしてもう一人はクルミのパウンドケーキを持って来てくださいました。
とても美味しかったです。ありがとうございます!