3/23/2015

マイアミ・ヘラルドに載りました!

マイアミ・ヘラルドと言う新聞社は、フロリダで最も歴史があり、日本語のウィキペディアによると「100万以上購読されるマイアミの第一の新聞である」と書かれています。
そんなマイアミ・ヘラルドに昨日の私の着物ファッションショーのことが本日記事になり載りました。
私自身とても驚き、今回の開催場所であったマイアミ・ビーチにあるボタニカル・ガーデン(植物園)のイベントをコーディネートしてくれていたテラさんが、とっても嬉しそうにメールをくれました。
開催場所の植物園は、立地は素晴らしいのですが、植物園があることはあまり知られていない(そんなことを言っては失礼ですね)そのため、開催地が新聞に載ったことをとても喜んでくれました。
今回のお話しは在マイアミ日本国総領事館から、1月初旬にお話しをいただき、それからノンストップと言えば大袈裟ですが、

テーマを決めて、
モデルさんの人数を決め、
テーマにそったモデルさん集め、
会場の視察してファッションショーの時にどのような舞台にするのかを考え、
着物のファッションショーだけではないので、スライドで着物の歴史や文化を説明を入れてのプログラム構成を考え、
誰にどの着物を着せるのか、
プレスリリースの文面をつくることや、プレスリリースを出したり、
着物の準備、

これらを、テラさんと領事館のパットンさんと私の3人が中心で決めていきました。予算も限られバックステージの広さもなかったため、ヘアとメイクのアーティストを雇うことも出来ず、モデルさん各自で行って来てくださいということにもなりました。モデルさんたちが本当に協力的で良いお嬢様ばかりで、当日皆様きちんとヘアセットして来てくれました。

限られた条件のなかで、出来る限りのことをいたしましたが、自分の努力より、御協力や参加してくれた人たち一人一人のおかげで、こんなに素敵な着物ファッションショーになるとは思いもよりませんでした。

自分が写真をアップする前にマイアミ・ヘラルドで写真がアップされるなんて、想像しませんでした。

マイアミ・ヘラルドのページはこちらです。

後日ファッションショーの写真をアップしたブログを書きますね。

先ほどメールボックスにモデルをしてくださいましたアメリカ人の大学生からメールが来ていました。一生懸命日本語を書いてくれていました。胸がいっぱいになりました。とても嬉しいです。ありがとうございました。

着物ファッションショー前のデモストレーション

昨日3月22日に着物ファッションショーが無事に終わりました。
開催者が予測していた人数より沢山の人たちが来たため、会場が人で溢れてしまいました。大盛況は嬉しかったのですが、会場に入れなかった人たちや見ることが出来なかった人たちが出て来てしまい、大変申し訳ない気持ちになりました。
着物ファッションショーの前に、はじめに日本文化と着物について紹介し、それから帯のデモストレーションなどをしました。
着物ファッションショーの写真は後日アップしますね。

会場のボタニカル・ガーデンの理事長からご挨拶がありました。
なんと打掛を着ての登場です。
理事長が、「ボタニカル・ガーデンにはじめて来た人」と質問すると会場の多くの人が手を挙げました。この着物ファッションショーを見るために来たとのことで、会場から笑いが起りました(笑うところなのかな?)

 在マイアミ日本国総領事館の総領事の長嶋様からご挨拶がありました。私の紹介もしてくださいました。

スライドでお話しをしはじめました。着物スタイリストとしての自分の活動を元に、世界のアートシーンやファッションなどでの実際の仕事を紹介しました。その後に、着物の歴史と、そして今回のテーマである「成人式」として振袖の文化や歴史を説明しました。



帯結びのデモストレーションです。私の着付け教室に通ってくれているSaraさんが帯の説明をしてくれて、私は壇上でデモストレーションをしました。





帯を広げたら、皆様驚いていました。
そして、4m20cmもある帯を結ぶとお太鼓の形状になることにも驚いていました。

楽しいデモストレーションでした。


3/16/2015

岡本太郎が見ていた光琳


琳派のことを調べていて、岡本太郎が光琳について語っている文面を見つけました。(見つけたと言うより、美術手帖に書いてあっただけなのですが)
もう、毛穴が全開してしまうほど、その文章に引き込まれ心が動かされました。
やっぱ凄いなって思いました。

私は、琳派を調べていて、霞んで見えた作家がいました。
逆に、琳派として見ると、引き立つ作家がいました。

この二つの違いは何かが分からないまま、岡本太郎が光琳を語る言葉に出会い、霧が晴れて行くような感じがしました。

琳派は「侘び寂び」の対極の芸術だとも言われています。しかし、そうとは言いきれない印象を「侘び寂び」が嫌いの岡本太郎は持っているのか、岡本太郎が宗達について語っているところには、宗達に「侘び寂び」を感じているように読み取れるところがありました。

全文を紹介したいのは山々なのですが、面白いと思ったところを抜粋します。岡本太郎がパリの街角の本屋のショーウィンドーで光琳の「紅白梅流水図」に出会ったところからこの話ははじまっていました。
「この優美をきわめた屏風絵は、すこしも繊弱ではない。激しく、逞しく、単純で鋭い。(略) 日本美術の一つの特性のように考えられている。描きすぎない”ふくみ”、あいまい、肩すかしと思われるような柔軟性はみじんもない。破墨の味だとか、余白の気取りなどで逃げたところはまったくありません。正面からぶつかり、ギリギリに押してくる。」

私は海外で生活するようになり、光琳のような画より、日本画の特徴としている岡本太郎が言う「余白の気取り」が多少はある方が、懐かしく温かな気持ちになります。

それについても岡本太郎は語っています。
「宗達ーたとえば源氏物語の一連の屏風などは実にたのしい。すぐれて装飾的でありながら、その中の雰囲気にひたって遊べるような気分さえします。彼の作品は緊張を感じさせない。」
「だが、光琳の紅白梅、燕子花はどうでしょう。これらの画面に観入るとき、あなたは常の生活にない緊張感を要求される。」
「(光琳の画を)絶対的に支配する画面効果のもとにあらゆるものが苛酷・無慈悲にデフォルメされ、いささかの妥協も、情的なあいまいさも見せていない。驚歎すべき非情美です。純粋とはこういうものです。人は感傷的に、情的な面ばかりでそれを考えたがりますが」

この本文を読んで、宗達と光琳の画集があると、宗達から本を開くことが多い自分に気がつきました。
こんなことを書いてしまうのはどうかと思いますが、光琳の画集は「あとでゆっくり見よう」と言う緊張感があります。疲れるというか、、、。

もし、こうしたいろんな解説や評価の文を読むことなく、何の知識もなく、突然とフロリダの街で燕子花の複製画が目の前に現れたら私はどのように思ったのでしょう。
逆に、非情なほどのダイナミックな大自然がある中で、それは日本画と言う枠を超えて、何の理屈もなく、ただただ見入ったかもしれません。論理付けようとするからこそ、自分の目が霞んでしまうことだってあるのですね。光琳を琳派として解釈の中で見ようとするから疲れてしまうのかなって思いました。でも、琳派の琳って尾形光琳から来ているって読んだことがあるしなあって思いながら、もろもろ、
たぶん、岡本太郎はそんなことを言いたかったわけではないとは思いますが、どこか、太郎さんの語りを読むと、霧が晴れた気がするのです。

庭にとても大きな蝶がいました。15cmぐらいあったと思います。午前中の陽の光が美しい時でした。




3/15/2015

琳派400年記念「きものシンポジウム」と「きものトークショー」

京都から招待され、琳派400記念「きものシンポジウム」にパネラーとして参加することになりました。
3月27日1時から建仁寺で行われます。
詳細は、貼付けますパンフレットをご参考にしてください。(画像をクリックするとおおくなります)

もう一つ、3月28日にギャラリー「空・鍵屋」で、トークショーに参加します。
日本で大変人気な着物スタイリストの大竹様とお話しをいたします。
詳細は、貼付けますパンフレットをご参考にしてください。(画像をクリックすると大きくなります)

弊社ニューヨーク発でプレスリリースしたところ、どちらもGoogleニュースに載りました。
開催地京都での催しが海外メディアにも注目されることを願っております。
プレスリリースは、こちらです。
建仁寺「きものシンポジウム」prlog.org/12434067
ギャラリー空・鍵屋「トークショー」prlog.org/12435503

3/08/2015

出会い

私の着付け教室に1年以上前から通ってくれている生徒さんで現地アメリカ人の女性の方がいます。本日は、お稽古場に見学の人が来ていて、見学に来ている人から生徒さんに何か質問をしていたみたいで、その生徒さんが返答している内容に驚きました。

「Hiroのことは私が高校の時から知っていた。ニューヨークまでレッスンを受けに行きたいと思った。でも出来なかった。そしたらフロリダに来ていることを知って、「信じられない!」と思って、通いはじめた」私の和訳が変ですが、彼女の「信じられない!」は、「オー・マイ・ガッド!」みたいな胸に手を当てて感動的に話してくれていました。

彼女は、車で片道6時間もかけて私の着付け教室に通ってくれています。
フロリダは広いのです。でも、私だって「信じられない!」高校生の時から私のことを知っていてくれたなんて、「オー・マイ・ガッド!」です。

とても、とても、嬉しかった。

私は、着付け教室の生徒さんたちや着付けのご依頼をくださったお客様たちに、
−弊社を何処で知りましたか?何で知りましたか?インターネット?紹介?誰の?
などなど、その手の質問をしたことがありません。少しは営業熱心に、どういう媒体で弊社を知ったのかを聞けばいいのですが、、、。 

なので、今回彼女が他の人と話している内容で、私のことをいつから知っていたかをはじめて知りました。

そんなに昔でもない私がニューヨークに住んでいた時に、彼女は高校生だったんだってことにもちょっと驚きました。
アメリカの高校生が私のことを見て、「着物を着てみたい」「習いたい」と思ってくれたのなら、それは想像していなかった信じられないほどのことです。

こんなに素敵な「出会い」があるのだなって思いました。そして1年以上気がつかなくてごめんね。

本日、着付け教室の間、公園で子どもたちを夫が見ていてくれました。
その時の様子の写真です。このスベリだい、安全ぽくって安心感があったとのことでした。 

3/02/2015

諦めること、そして選択していくこと

一昨年、陸上競技選手だった為末さんが書いた本「諦める力」を読み、この本に出会って良かったと思える一冊でした。
「諦める」と言うと、挫折感、負け感がある響きですが、この本に書いてる内容はそうした挫折感や勝ち負けとは違い、自分を知り、状況を判断して、現実を受け入れ、諦める力を養うことによって、人生をより良くするための選択する道が見えてくるのではないのかと言うことでした。(個人的にそのように読み取れました。)

3年ほど前、振り返ると”選択”と言う日々だったと思いました。そして選択したことの責任が重いと感じることがありました。
写真は、ある化粧品会社の140周年記念イベントで着物での演出すべてを任された時の仕事での場面です。双子出産予定日の1ヶ月前でした。その上、切迫早産と診断され危機的状態を脱したばかりの時でした。(話の流れとは関係ありませんが、この妊婦さん用の服のデザインが巨大なお腹を強調しなくて良い服でした。)

この仕事が来た時に、切迫早産の危機を脱したばかりの時だったので、主治医に「仕事をしていいですか?」と聞くと、「過激な肉体労働でなければOK。あなたが決めること」と言われました。あまりにアッサリしていて、仕事を諦めるのもなにも、逆に仕事を断る理由がなくなってしまった気分でした。日本の双子妊婦さんのブログを読むと切迫早産と診断された時点から管理入院していると書いている人を見かけていただけに、「私の主治医ったら、、、(浮かぶ言葉無し)」でした。でも、この主治医は、双子専門のお医者さんで、評判では無愛想だけど見逃しがない名医として有名でした。切迫早産についての情報に振り回されるより、個人差もあるので私を実際に診てくれている主治医の言うことを信じるしかなかったのですが、次々押し寄せてくる心配の気持ちの中で、自分が”選択”したことの責任の重さを痛感いたしました。
いろんな人が当日仕事を手伝ってくれて、荷物を持ってくれたり、着付けが終わったら「後は任せて!」と、私に一度家に帰り安静にする時間まで作ってくれました(イベント会場がニューヨークのダウンタウンで家まで車で15分ほどのところでした)。私が現場にいない間、着崩れたらお直しをしてくれた私の着付け教室の生徒さんたちがいてくれました。本当に忘れられないことで、今思い出しても胸がいっぱいになります。心から感謝しています。3月の着物ファッションショーの準備で過去の写真を振り返って見ていたら、この写真が出て来て、少し目が潤みました。

当時、子どもが無事に産まれたら、ベビーシッターさんに預けたりして少しは自由に仕事が出来ると思っていましたが、いえいえ、妊娠中より双子育児は想像以上に大変でした。「ベビーシッターに預ける」「託児所に預ける」決して簡単なことではありませんでした。
言語発達の遅れなどの問題も起り、言語療法を受けなくてはいけなかったり、仕事も次々入って来て、いくつか諦めないといけない仕事も出てきました。
子どもとは3歳までは一緒に過ごそうと思いましたが、今月予定されている着物ファッションショーの準備が思うに出来なくて、また現在もう一つ大きな仕事を抱えていて
「もう、プリスクールに入れた方が私と子どもにとってお互いに良いのではないのか」と思いはじめていたところ、本日、公園から帰ってくると、「抱っこして」と甘えてきました。
胸がキューン!!もう抱きしめてあげたら涙が込み上げてきました。泣かなかったけど。
完璧なママではありませんが、子どもが甘えたい時に側にいてあげる、そんなことしかしてあげれないけど、、、あと1、2年もすれば嫌でも幼稚園に通わせないといけなくなるのだから、あと少し頑張ろう!って、諦める力とは何も関係ない結論の本日のブログになってしまいました。
3年前の写真を見ながら、「諦める力」と同じに「選択の力」って大切だなって思いました。

この「諦める力」の本に、私の心にズッシリ来た言葉がありました。
「自分が自分にした約束だけは守れ」みたいな言葉(ちゃんと抜粋していないので、そんな言葉があったなあって言う感じに書いています)
人はちょっとしたさじ加減の違いで脆く崩れていってしまうこと、が書かれていました。これは奥深い言葉でした。
この写真は上記のイベントでメイクを担当してくれたメイクアーティストのアイさんにオホホ笑いしておしゃべりしているところです。
どうみても、切迫早産で危機的状態を脱したばかりだとは見えない様子の私。主治医は噂通り名医だったのかな!?

3/01/2015

朝日新聞「着物に明日はあるか」の記事を読んで

3月1日付の朝日新聞のグローバルで着物の特集をしていました。 http://globe.asahi.com/feature/2015022600008.html
高橋洋文さまが取材に答えた記事「本物は否定されていない」が載っていました。

この記事を読み、違った角度からですが「気仙沼ニッティング」の話を思い出しました。気仙沼と言えば、被災地であるところで有名ですが、創業者はこの町を愛し町の特性を活かしてビジネスを立ち上げた方でした。この会社が売り出しているのはオーダーメイドのセーターで15万円します。素材にこだわり手作りの編み物として、その値段より下には設定出来ないほどの手間をかけています。それだけ良い物なので、一生物のセーターと言うことで売れ、現在は生産が追いつかないほどの注文が殺到しているそうです。
編んでいるのは地元の漁師の奥様たち、漁師の奥様は魚をとるための網を編むのが力強く上手いのだそうです。そのため編み物の内職をしている人は昔から多かったとのこと、この技術を活かしたのですね。
はじめ4人しか編む人がいなかったのですが、今では30人以上となったそうです。海外にもその噂が流れ、海外からのオーダーも多いのだそうです。

はじめは“良い物”を買いはじめますが、人間はどんどん贅沢になるから、良い物だけでは物足りなくなります。そして、ストーリー(エピソード)を買うようになります。

「ストーリーを買う」と言うのは、村上隆著書の芸術論でも似たようなことが書かれていました。
そして魯山人の芸術の完成はまさにストーリーにありました。単品ではない、魯山人は料亭と言う場で自分の陶器だけで食事をする時間さえも加え、場、物、時、人、それらが全て揃わないと完成に到達できない芸術の世界を人々に与えました。

“良い物だけではなくストーリー(エピソード)を買う”

まさに着物はその最たるところがあります。100年前の着物だと言えば海外の人はそれだけですごい価値のあるものだと勘違いしてしまいます。京都の職人さんが京杉で染めた、人間国宝が織ったと言えば、良い物であるかの前に、ストーリーで買おうとする人がいるのも現実です。

着物はそれが過剰になりすぎた反面、良い物でもない、ストーリーもない、名称が“きもの”と言うだけの物がはびこりはじめたりしている問題が見え隠れしています。
ストーリーは行き過ぎてもいけないと言うのが、着物において重要なターニングポイントになるように思いました。 

つまり、今回ご紹介されている高橋さまの記事である、「本物は否定されない」
この一言に戻るのではないのかなって思いました。

本日は、3月の着物ファッションショーをお手伝いしてくださるお二人が打ち合わせで家にお越し下さいました。
一人は桜餅ときな粉おはぎ、そしてもう一人はクルミのパウンドケーキを持って来てくださいました。
とても美味しかったです。ありがとうございます!