4/30/2015

きものファッションショー会場の下見

5月10日に着物ファッションショーをするのですが、本日やっと下見にうかがうことが出来ました。
その会場と言うのが、科学博物館(アイマックスシアター併設)と言うところで、下の写真が、ファッションショー会場だと案内されました。
「ジャジャジャーン」心の声。
ここで、着物ファッションショーをするのですか、、、?
気を取り直して他の角度からも見てみました。(下の写真)

うーん、なかなか個性的な会場。

ファッションショー当日は、この訳の分からない展示されている(子どもが喜びそうな)物は片づけていただき、ステージが作られるそうです。そして、私が「ランウェイを作ってほしいなあ」と話したら、「OK」って、とても軽いノリ。
博物館の催し担当のマイケルさんは、「OK」「パーフェクト(完璧だね)」「グレート(素晴らしいじゃない)」誉め上手で、私が提案することに褒め言葉で返答を次々してくれるので、私はついつい調子に乗り「ここは階段があって、赤い絨毯なんてひいたら美しいかも、それと、、、」と夢中に言いはじめたら、段々、言葉少なげになっていくマイケルさんでした。

今回のファッションショーは生け花インターナショナルの窪田さまにお花の演出をお願いし、窪田さまとコラボステージとしたいとお願いしたところ、快く了承してくださいました。大変光栄に思います。本日、窪田さまにも現地視察に同行していただきました。写真は窪田さまとマイケルさんがお話しをしているところです。ステージ作りにもご助言いただき、とてもお勉強になりました。

この着物ファッションショーは、「アジア(andポリネシアン)祭り」の中のプログラムの一つです。素晴らしい博物館で着物ファッションショーをすることが出来ることにとても嬉しいです。

いつもは、仕事場に、子どもを連れて行かないのですが、ベビーシッターさんが見つけられず、子ども連れで現地視察ミーティングに行きました。子どもまでお邪魔してしまいすみません。クッキーを食べながらママのミーティングを見守る双子。
子どもたちは、この博物館に興味津々でした。

はじめは、博物館に展示されているオブジェの中を着物ファッションショーするのかと、それも斬新だけどと思いつつ、かなり引いてしまいつつ、でも、話し合いをしていくうち、ステージ作りに博物館のマイケルさんもとても協力的で、とても楽しみになってきました。現地下見がゆっくり出来るようにと博物館閉館後にミーティングのお時間を作ってくれたマイケルさんのご配慮にも感謝しています。

素晴らしい着物ファッションショーに出来たらと思いました。
詳細は、後日、ブログでも書きますが、急いでプレスリリースを作成したいと思います。

4/29/2015

ホニャラゲロと鳴く鳥

それは昨年の3月に、南フロリダにある国立公園のエバーグレースに行った時、カラスかと思い通り過ぎると、「ホニャラゲロ」との鳴き声が聞こえてきました。「今の鳴き声は何?」と振り返ると、先ほどのカラスしかいません。そして、また歩き出すと、「ホニャラゲロ」との鳴き声が再び聞こえてきました。やはり振り返るとカラスしかいません。なので、そのカラスをジーと見ていたら、珍しい鳴き声の主はカラスで、鳴き声だけ突然変異でも起こしたのかとカラスに近づくと、違う枝に乗り移ろうと移動した瞬間、なんと羽根が赤っぽい(オレンジのような)色が入っていました。
「これはカラスに似たカラスではない鳥だ!」と思い、その珍しい鳴き声を動画におさめようとしましたが、そう言う時に限って鳴いてくれず、結局、私がジーと見ているので、その鳥は森の奥の方へとイソイソと消えていってしまいました。
その時の写真がこれです。この鳥は「羽衣カラス」と言うのだそうです。名前にカラスと付いていても、カラスの種類ではなくスズメの種類だとウィッキペディアに載っていました。

ここ数日、お庭を見ていると、この羽衣カラスのミニサイズのような鳥がやってきます。本当にスズメほどの大きさで、もう少し羽根のところが派手です。違う鳥かもしれませんが、羽衣カラスのきっと子どもだろうと思い、鳴き声に期待しますが、鳴き声を聞くことは出来ず、すばしっこい鳥に写真を撮ることも出来ませんでした。

今朝は、なんとノーザン・カーディナル(ショウジョウコウカンチョウ)まで、お庭に来てくれました。

この写真も、エバーグレースで撮った物で、家の裏庭に珍しい鳥が来ても、カメラを取りに行っている間に、だいたい鳥はいなくなってしまいます。

子どもの面白い行動をしているときの、決定的瞬間を写真に撮るのも難しいのですが、鳥を写真で撮るって本当に難しい。
それも、庭が見えるのはキッチンの窓からなので、料理を作ったりしていて手が離せないところに、窓から見える庭に綺麗な鳥が次々現れるのです。

ホニャラゲロと鳴く「羽衣カラス」また、現れるかな?

4/28/2015

子どもたちの創意工夫と一日一服

創意工夫というほど大袈裟なことではないのですが、こちらが思いつきもしないことを時々しているのが、子どもなのでしょうか?
上の写真がブレブレなのは、子どもの決定的瞬間って撮影難しいですね。オットマンに入り、丁寧に蓋まで閉めようとしていました。映画で見たことがあるシーンだなって思いまして、そうか吸血鬼が棺をギギギーと開く瞬間のような、、、。

そして、トーマス機関車のレール、今まで私が設置していましたが、なんと、レールをつなげて、それなりにトーマス機関車が走れるようになっていました。


今日は一日雨だったけど、子供部屋が出来て、遊べるようになったね。気がつくと、眠っていました。


最近、とても忙しくなってきて、その上精神的にもヘビーなプロジェクトが動き始めようとしています。家の内装工事が終わり、家の整理をしていたら、私の日本での茶道の師であった故桜井宗梅先生の傘寿のお祝いの席でクジで当たった時にいただいた茶碗が出てきました。「そうだ、一日一服しよう」と思いました。炭でお茶を点てるほど丁寧な一服とまでは行きませんが、お抹茶を茶筅でシャカシャカってするだけのことですが、この服加減がなかなか上手くいかないです。久しぶりに点てたお茶は、濃茶と薄茶の中間のお服加減で、良いお服加減になるように、毎日一服点てようと思いました。
この茶碗を見るたび、桜井宗梅先生を思い出します。
こういう時だからこそ、心を落ちつかせよう。


4/27/2015

ビジネス・モラル

先日、2011年のニューヨークファッションウィークでコラボしたデザイナーさんが、その時に私が担当した着物のところが、あたかも自分の作品であるかのように「Kimono Now」と言う本に紹介されていました。その本は、日本文化を紹介している研究者が中心に書いた世界に向けてのキモノの本で、PRESTELというニューヨーク、ミュンヘン、ロンドンで展開している出版社から出ています。私が着物を使って作品にしたものが載っているのは、そのデザイナーさんが取材を受けたページで、私の名前は一言も書いていませんでした。

このデザイナーさんについては、こう言うことが今に始まったことではありませんでした。2011年にニューヨークファッションウィークにデザイナーさん側からコラボしたいと連絡が入り、「Hiroの名前を入れたから」とPRポスターにはデカデカと「Kimono Hiro」と入っていました。そんな感じにプロジェクトが進んでしまい、ファッションショーをどのようなテーマやストーリーにしたいのかデザイナーさんと話し合いに行っても、「日本ぽい物を出せればいいから、Hiroに任せる」と言われたので、そのデザイナーさんの途中経過の作品を見させていただき、どのキモノを使うかと言う部分から私が決めなくてはいけない珍しいケースでした。そして、キモノだけではなく、そのデザイナーさんがデザインする洋服に帯を結んでほしいと、そのデザイナーさんに生地の提供をしていた京都の帯屋さんの生地を出され、デザイナーさんに組み合わせを聞くと、それも「任せる」と言うので、コラボだから仕方がないかと思い、いそいそと頑張りました、、、。が、しかし、ファッションショー当日、なんとプログラムに私の名前がない!その上、私が担当したところが、数社のファッション雑誌にデザイナーさんの名前だけで載っていて、コラボと言うのははじめだけでした。終わってみたら、その露骨さに驚くだけでした。

ファッション業界のクレジットを得る(名前が載る、肩書き)については、いつも問題が付き物と言うイメージが拭えないほど多発しています(クレジットとは、皆様がよく耳にするのが映画などでエンド・クレジットではないかなって思います。監督や俳優の名前など)。
当時、私は詳細について決めた契約書がないまま、このような大きな案件を請け負ってしまったため、こうした問題も、そのデザイナーさん自身のビジネス・モラルだけの範囲を越えないことでの問題でしかありませんでした。
ニューヨークには、アートやファッション業界にチャンスを求める人がいろんな国から集まるため、細かい契約書を作成せずにその世界に飛び込んでしまう人も多いです。そのため、ビジネス・モラルに委ねられている部分が大きい業界でもあります。私の場合は、チャンスをものにしたいというのとは少し違い「まあまあ有名なデザイナーさんだし、私自身信頼している京都の帯屋さんと仕事をしているデザイナーさんだし、PRポスターにはデカデカと「Kimono Hiroとコラボする」と書いてあるし」と、そんな理由だけで、デザイナーさんを微塵も疑いませんでした。
そして、このような結果となり、自分が仕事に対し甘いところがあったことを知り、それからはどんなに小さいことでも契約書を立ち上げるようにしました(あー、ここはアメリカなんだと実感した時でした)。また、私も、私から仕事をお願いするヘアアーティストさんやメイクアーティストさんへ、クレジットはきちんとお約束してあげれるように出来る限りクライアントと交渉したりするようにしました。
もしかして、そのデザイナーさんは私が名前を載せてもらえなかったことを気にしていないと思っているかもしれません。でも、こうして自分が本来行った仕事の対価をいただけない時に受ける悲しい気持ちをはじめて知る機会になり、自分も他の人と仕事をする時に、こうした印象を与えてはいけないととても気を付けるようになりました。

それにしても、今回の件については、「4年前のファッションショーの私の着物を使った作品を、このデザイナーさん、いつまで使うのかな?しつこいなー」とだけ思いました。

はじめアメリカで仕事を始める時は、騙す人しかいないのではないのかと思えるほど、ビジネス・モラルなんてあったものではないような大袈裟な話を聞くことが多かったですが、実際には、アメリカの大手企業の広告などを皮切りに仕事が軌道にのったので、あまりそのようなトラブルはなくきました。(そこが、私が相手に契約を任せてしまう姿勢になった反省すべき点です。)
ファッション雑誌VOGUEなどは、私が担当した部分については「◯ページに載っています」とのレター付きで、掲載後に雑誌までご丁寧に送って来てくれました。ここ数年仕事をご一緒にする機会が何度かあった世界的に有名なスタイリストのパティーさんは、ビジネス・モラルの高い人で、クレジット(名前載せ、肩書き)をどのように載せるかを何度も確認の連絡をくれました。彼女の仕事のプロ意識の強さや誠実さに、「有名になってもこういう人でいられるって凄いことだな」と、いつも考えさせられます。

ビジネス”モラル”と言うグレーゾーン、そこを自分の都合良く上手く利用する人もいれば、そのグレーゾーンでこそ、互いの信頼に委ねられるだけの仕事の幅を利かせられる誠実さを出している人もいます。

確かに、ニューヨークのようなところでは世界を舞台に仕事をしている人たちが集まるので、綺麗ごとでは終わらないビジネスとして勝算を考えなくてはいけない世界もあります。どこでこのビジネス・モラルと折り合いをつけて行くかだと思いました。

Kimono Nowについて知ったのは、私の仕事を手伝ってくれている人から連絡が入り「またHiroさんの作品を使っているよ、このデザイナー」と言われ、4年前の作品が載っているのを知り、その背景などであったことも含め改めていろいろと考えさせられました。

4/26/2015

マイアミのギャラリーのレセプションで着物

アーティストのヘンリケさんがカンボジアで写真撮影して来たものを元にアート作品にしたもののエグゼビションが本日から始まりました。
シリーズ化したいとのことで、その源流にあるテーマには、アジアの服飾があります。
そこで、キモノの展示もしようと言うことになり、ご相談いただいていました。レセプションの時だけ限定で、キモノの展示をすることになりました。
でも、今回の作品展の中に、キモノが存在することの意味が、実のところ私にも理解できていないところがありましたが、でも、アーティストさんは芸術を作る人、理論的なことを申し上げるより、彼の世界を大切にしないといけないと思いました。彼の世界観を表現する場ですものね。

写真は、レセプション会場のヘンリケさんのギャラリーです。会場に、きものを展示してありますが、キモノは”着る物”なので、キモノを着ている姿も見せたいと思いました。

そして、このように展示されていました。
うーん、そのままって感じです。ただ、衣紋掛けにつるしてあります。
会場全体の中では、下の写真のような感じです。

意外と調和しているかも。

下の写真は、ギャラリーに飾られているヘンリケさんの作品で私が気に入ったものです。




10年近く前に、夫と私はカンボジアに旅行したことがありました。アンコールワットを見に行くのがメインの観光です。振り返っても、こんなに活気や色彩豊かだったかな?と思いましたが、きっとここ10年間で活気があふれてきたのだろうと感慨深く見ました。
この写真たちは、アート作品とする時に色彩が加えられているのかもしれませんが、これがヘンリケさんの心で受けたカンボジアの印象の色彩なのだろうと思いました。

写真のオジさまから「あんたのマイアミビーチでやった着物ファッションショーを見に行ったよ」と声をかけられ、「あなたと一緒に写真をここで撮りたい」と着物の前まで連れてこられたところです。お声をかけていただいてとても嬉しいです。

ギャラリーには1時間弱ほどいて、直ぐに家に帰りました。このヘンリケさんのギャラリーがある場所(ウィンウッド)は、近年、壁画アートで有名な町となり、ギャラリーが多く集中していますが、もの凄く治安が悪いところなのです。でも土曜日にレセプションをしているギャラリーが多いため、いろんなギャラリーを巡回している人たちがいて、夜が遅くなればなるほど賑やかになります。
とても夜道を歩けるようなところではありませんので、車の中から夜のウィンウッドの町を撮影しました。



メイン道路を少しだけ離れるだけで怖いぐらい閑散としています。映画「バグダットカフェ」をなぜか思い出してしまいました。砂漠の中のドライブスルー?あれはドライブスルーではなく、カフェかな?どっちでも良いですね。
夜のウィンウッドは、車に乗っていても、少しでもこの場を早く去りたいと思える場所でした。

4/25/2015

おおよそ改装が終わりました

家の改装をお願いしたのは昨年の9月でした。そして、ギャラティー(保証)を口癖にするジェネラルコントラクター(ジェネラルコントラクターとは、棟梁のような人?例えが違うかな。改装工事の総監督みたいな人?)彼に「11月に引っ越しをしたい」と言えば、ギャラティーを口癖に「11月には終わらせる。ギャランティー(保証する)」こんな彼の言葉を信じて、11月下旬に引っ越してきましたが、窓からフレンチドアへと変更する部分には板張り、その部屋丸ごと使えず、、、。そんな細かいこと(?)を書き出すと大変な量になりそうなので、取りあえずその話はおいといて、引っ越しをした時点では、最低限の生活が出来るようにキッチンとバス(お風呂)とトイレだけは確かに使えるようにはなっていました。『これが彼の言う保証だったのか?』と思いつつ、、、。
そして、昨日は彼に頼んでいたところの改装は終わりました(まだまだ庭は手つかずで課題はありますが)内装は終わりました。
何ヶ月かかってるのやらと思いますが、でも、マイアミの回りの皆様には、「早い」と言われることが多いです。日本の友人には「えっ、まだ改装しているの」と驚かれます。この差は何なのでしょう、、、。
改装工事中にはインターネットでいろんな工事についての書き込みやレビューに目が止まり読んでいたら、「窓を付けるのに1年かかった!」とか、マイアミではザラにあることが書いてあるのを見かけることも多々ありました。終わってみれば、まだましだったのかなって思います。

この家は築90年以上経過した家でスタイル(形状)は、オールド・スパニッシュ・ハウスと言うのだそうです。前に住んでいた人は、90歳を超えた老夫婦だったそうです。改装前と改装後の写真を貼ります。
キッチン
↓改装後

キッチン2
↓改装後

子ども部屋
↓改装後


エントランス兼ライブラリー室
↓改装後


エントランス兼ライブラリー室2
↓改装後


バスルーム
トイレ
↓改装後

洗面所 
↓改装後

バス(お風呂)
↓改装後
なんとバスタブは変えていないのです。90年前の物でホウロウで出来ています。現在だと逆に希少価値があるみたいなので、活かしました。床もオリジナルのまま。改装ではなく綺麗にしたと言うのでしょうか?

廊下
↓改装後
前に住んでいた人が置いていった真ちゅうのシャンデリアを付けてみました。(特に何をしたと言う訳ではないのですが、自分たちで工夫しただけのところです)


4/24/2015

最後の言語療法(双子の一人)

本日、自宅で受ける最後の言語療法(スピーチセラピー)がありました。
とは言っても、双子の一人だけで、双子のもう一人は風邪が治ったもののまだ本調子ではないため、来週一人で言語療法を受けることになりました。なんだか補習授業みたいですね。
今回、最後の言語療法を受けている双子の一人は、見ていてとても成長を感じました。言語の爆発期というのをむかえた訳ではありませんが、輪投げを遠くに分散しても療法士さんの指示に従い完成させていました。ボール遊びもルールを理解して行っていました。


言語療法で行うことは、輪投げとか、遊びのルールを理解して応えられるか?と言うことに重点が置かれ、話しかけにより語彙を増やすこととは違う働きかけがあることを知り、とても参考になりました。

私の風邪も治りかけた最近になり、再び絵本を1日5冊は読むようにしています。
双子の一人が風邪を引いているので、双子の一人だけに絵本を読んであげましたが、その時に思ったのは、集中力があまりにも違うことでした。二人に読み聞かせてあげる時には出来ない、お膝にのせて本を読んであげると、それも、とっても嬉しそうに振り返ったりしていました。
これは(私の中では)凄い発見です。これからは、出来る限り一人一人に絵本を読んであげたいと思いましたが、そんなことは難しいですね(諦めが早すぎるかな)。二人同時に絵本を読んであげても、集中出来るコツについて調べてみようと思います。

4/23/2015

2週間お出かけするとリカバリに2週間かかる

2週間日本に滞在して、日本からアメリカに戻り2週間が経ちました。
アメリカに戻り直ぐに風邪を引いたということも影響しているのかもしれませんが、本日やっと風邪も時差ボケもスッキリ回復した感じです。

昨夜も夜更かし気味でしたが、今朝は普通に起きれて、朝から「お腹が空いた」と思えました。アメリカに戻って一週間は、朝になると、なんとか起きるのですが身体が眠っているのです。この「お腹が空いた」と言う実感がなくて、パンやヨーグルトを見るだけで、「こんな重いもの朝から食べれない」と紅茶をのむのがやっとでした。

本日は、お昼頃には、更に「お腹が空いたー」と思えました。
クリームパスタが食べたいと久しぶりに思いました。

この空腹感は、ダイエット中には厄介でしたが、これは健康でないと得られない感じなのだなって改めて思いました。

子どもたちの時差ボケは数日ほどで解消しましたが(子どもの順応って凄い)、子どもたちも風邪などを引いたりしていたので、いつもより元気がない日々でしたが、本日は朝から箪笥の引き出しを丸ごと引き出すなどの、日本へのお出かけする前のヤンチャぶりが戻ってきました。

つまり、アメリカから日本と言う(フライト20時間)遠出して、遠い地に2週間滞在すると、回復には滞在日数と同じぐらい(2週間)はかかると言うことなのですね!どうかな?我が家だけかな?

「お腹空いたー」って、こんなに素晴らしいことだったのね。と気がついた朝でした。
そして「こんな他愛ないことばかりブログに書いてていいのだろうか?」とも思う本日でした。

4/22/2015

着物のディスプレイとイチゴ摘み

本日、アーティストのヘンリケさんのギャラリーに展覧会初日のレセプション時のために、ご依頼いただいていた着物のディスプレイをしに行きました。
写真はまだ貼れないのですが、土曜日のレセプションの日がとても楽しみです。

もう、今月は4月なのですね。四季のあるところなら「あー、春が来たわあ〜」と思うのですが、常夏のマイアミだと「もう夏」と言う気候になるだけで、12月も4月も大きくはあまり変わらないのです。この、あまり変化がなさそうではありますが「5月〜9月の猛暑」と「11月〜3月の初夏の陽気」と言う微妙な違いで、過ごしやすさは雲泥の差なのです。不思議です。

4月といえば、昨年イチゴ摘みに行った月でした。5月にはイチゴ農園は閉園してしまうのです。イチゴ摘みの最後の月と言うことで、これで季節の変わり目と言う実感が少し出てきましたが、そんなことより肝心のイチゴ摘み、今年は行けそうにないです。
2週間前に日本滞在からの帰りの飛行機の中で「マイアミに帰ったら、イチゴ摘みに行こうね」と双子ちゃんたちに心の声で話しかけていました。
でも、マイアミに戻ると私の仕事や双子ちゃんたち(プラス私も)風邪を引き、イチゴ摘みを計画するどころではありませんでした。

「昨年4月の何日頃にイチゴ摘み行ったのかな?」とフッと今日思い、写真を見て振り返っていました。写真を見ると4月に入って直ぐに行っていたことが分かりました。「いや〜なんて可愛いのでしょう」(親ばかな私)、双子ちゃんたち、こんなに小さかったのね〜。成長しているなあ。と写真を見て思いました。(写真は、昨年4月のイチゴ摘みです)